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〈症例報告〉

転移性脳出血後,急速な経過をたどった腎紡錘細胞癌の 1 剖検例 佐々木真理 泉本 典彦





阿部 庸子 金子 英司

豊島 堅志 下門顕太郎

2 型糖尿病で通院中に施行した腹部超音波検査で偶発的に発見され,急速な転機をとった腎紡錘細

胞癌の症例を報告する.症例は 67 歳の女性で,自覚症状がない状態で右腎腫瘍・多発肺転移を指摘された. インターフェロン治療後に原発巣手術を予定されていたが,診断から 2 カ月後に脳転移由来の視床出血をき たした.手術に至らないまま原病が進行し,診断から約 6 カ月で死亡した.剖検の結果,原発巣は右腎紡錘 細胞癌であり,脳・肺・消化管を含む多臓器への遠隔転移が認められた.一般的に腎紡錘細胞癌は急速な経 過をとる稀な腫瘍と報告されており,有効な治療法も確立されていない.高齢者の急速に進行する悪性腫瘍 に対しては,健診を通じて早期発見を目指すとともに,専門科と連携し早期の診断と予後予測,治療方針の 決定が望ましい. Key words:腎紡錘細胞癌,糖尿病,脳転移 (日老医誌 2014;51:564―568)





い壊死を認めた.両側肺野の下葉優位に径 14 mm 程以 下の結節影は複数認めたが,多臓器・リンパ節への転移

腎紡錘細胞癌は,他の腎臓癌に比較して進行が速く予

は明らかでなかった(図 1) .右腎細胞癌 cT1bN0M1(肺

後が悪い稀な癌である.今回私たちは,糖尿病で当科通

転移)の診断で,当院泌尿器科にて原発巣手術を予定し

院中に,偶然腹部超音波検査で発見された右腎紡錘細胞

同年 12 月からインターフェロン療法を開始したが,肝

癌の進行により,脳転移・脳出血を来たした症例を経験

機能障害のため 1 カ月で中止となった.2011 年 1 月に

したので報告する.

右顔面を含む右不全片麻痺を発症し,他院神経内科に入





院し左視床出血と診断され,急性期を脱してから当科に 転院となった.頭部 MRI にて左視床近傍出血・多発脳

患者:67 歳女性.

転移・転移巣周囲の浮腫の所見を認め(図 2) ,ベタメ

主訴:意識障害.

タゾン 8 mg! day とグリセリン点滴治療を開始した.造

既往歴:59 歳

影 CT では,診断時よりも原発巣,肺転移巣の増大が見

2 型糖尿病,高血圧症,脂質異常症,

陳旧性脳梗塞.

られた.同年 2 月に他院に転院し,脳転移巣 26 カ所に

家族歴:姉が悪性黒色腫で死亡.

対し γ ナイフ照射(辺縁線量 21 Gy・中心線量 35 Gy)を

現病歴:2 型糖尿病にて当科外来に通院していた.糖

行った.その後泌尿器科で,スニチニブの投与が開始さ

尿病のコントロールは良好であり,通常の検査でも特記

れたが,発熱のため中止となった.3 月,頭部 MRI 再

すべき異常は認めず,腹痛・腰痛などの自覚症状なく経

検にて転移巣は NC∼PR であり,左視床近傍出血巣は

過していたが,2010 年 11 月に近医での検診目的の腹部

縮小傾向であったが,徐々に意識障害・構音障害が増悪

超音波検査にて右腎腫瘍を指摘され,当科に精査目的で

したため,全身管理目的で当科に転科となった.

入院となった.胸腹骨盤造影 CT にて,右腎上極内側に

入 院 時 身 体 所 見:身 長 160 cm,体 重 74.8 kg,BMI

径 70×50 mm の hypervascular mass を認め,上部に強

29.2,意識 JCSII-20,眼瞼結膜に貧血あり.胸部・腹部・ 四肢に特記すべき異常は認めない.

M. Sasaki, Y. Abe, K. Toyoshima, N. Izumimoto, E. Kaneko, K. Shimokado:東京医科歯科大学老年病内科 受付日:2014. 4. 21,採用日:2014. 7. 29

入院時神経学的所見:右鼻唇溝が浅い,右上下肢の弛 緩性麻痺あり,Babinski 反射 ext! ind,構音障害あり, 見当識障害あり.

転移性脳出血後,急速な経過をたどった腎紡錘細胞癌の 1 剖検例

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図 1 原発巣のダイナミック CT 画像 a.造影早期,b.造影晩期 右腎の腫瘍で wash out を認める

入院時検査所見:[血算] WBC:1,300! μ(Stab:2%, l

ネ持続静注(10 mg! day)を開始した.ご自身で疼痛の

Seg:51%,Lym:32%,Mo:13%,Eo:2%,Ba:0%) ,

表現が困難であったため,表情など他覚的な所見をもと

RBC:257×104! μ l ,Hb:7.4 g! d l ,Ht:24.5%,MCV:

に疼痛管理を行った.徐々に両側頸部の腫瘤・硬結が増

95.3 f l ,MCH:28.8 pg,MCHC:30.2%,Plt:4.6×104!

大し,頸部リンパ節転移が疑われた.徐々に意識レベル

μ l.

の低下が進行し,第 11 病日チェーンストークス呼吸を

[生化] TP:4.7 g! d l ,Alb:2.6 g! d l ,BUN:14 mg!

認めた.意識障害の原因として,同時期に進行した高 Ca

d l ,Cre:0.71 mg! d l ,Na:144 mEq!l ,K:3.2 mEq!

血症(補正 Ca=13.6,PTHrP 高値)を疑ったが,ゾレ

l ,Cl:105 mEq!l ,Ca:9.1 mg! d l ,LDH:190 IU!l ,

ドロン酸による補正にて意識レベルの改善は認めなかっ

AST:9 IU!l ,ALT:5 IU!l ,ALP:151 IU!l ,T-Bil:

た.また高 Ca 血症に伴い尿量の増加と高 Na 血症(Na:

0.9 mg! d l ,Glu:102 mg! d l ,HbA1c:6.3%(JDS) .

162 mEq! L)が見られ,Ca 値の補正とともに改善した

[血清]CRP:2.89 mg! dl.

ことから,高 Ca 血症による腎性尿崩症を一過性にきた

[内 分 泌]TSH:0.17 IU! m l ,FT3:2.05 pg! ml,

したと考えられた.意識障害の進行は多発脳転移による 脳圧亢進と判断し,以降輸液は 500 m l ! day にとどめ

FT4:1.29 ng! dl. [尿定性]TP(±) ,Glu(−) ,比重:1.013,pH:7.0,

た.第 30 病日頃から全身性の痙攣がみられるようにな

Uro(3+),Bil(−),Ket(−),WBC(−),Nitrate

り,重篤な発作時のみフェニトイン点滴の頓用で対応し

(−) . [尿沈

た.呼吸・循環状態は長期間良好な状態で保たれていた ] RBC:5∼9! hpf,WBC:5∼9! hpf,尿細管:

<1! hpf,硝子円柱+,上皮円柱+,細菌+.





意識清明であった時期に,当科と泌尿器科を交えて病 状説明を行ったが,本人が病理解剖を希望されるなど, 本人家族とも病状に対する理解と受容は十分であった.

が,やがて無尿となった.第 60 病日に,腎不全の進行 に伴い血清 K=7.6 mEq! L と高値を認め,翌日午前 3 時 頃心室細動となり,永眠された.家族によれば,経過中 に他覚的な疼痛や呼吸困難は十分に管理されていたよう だ,とのことであった.死後 30 時間で剖検を行った.

剖検結果

腎癌に対する手術待機中に,脳出血により Performance

原発巣は,右腎臓上極に見られた 6.5×6.4×5.5 cm の

status が著しく低下したため,積極的治療の適応がなく

腫瘍であった.肉眼的に,割面では腎実質との境界は不

なったと判断し,ご家族と相談のうえ,病状増悪前にご

明瞭であった(図 3-a) .後面側で腎周囲脂肪織への浸潤

本人が希望したように,疼痛や呼吸困難などの苦痛を取

が見られ,右腎静脈腎門部やや上流に静脈浸潤も見られ

り除くことを最優先し,Best Supportive Care の方針と

た.組織学的に,肉腫様の紡錘形細胞が錯綜しながら増

した.家族の不安や疑問の軽減のため,他職種も交えて

殖し,内部は広範な壊死・出血を伴っていた(図 3-b).

適宜面談を設けた.

腫瘍細胞の核には大小不同が目立ち,核分裂像や多核の

栄養は中心静脈栄養とし,疼痛管理として塩酸モルヒ

腫瘍細胞も散見され,細胞異型が強かった.免疫染色で

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図 2 脳 MRI,FLAIR 画像 多発転移と視床出血を認める.

図 3 原発巣病理標本 a.右腎原発巣,b.病理標本像(HE 染色,400 倍) 紡錘細胞癌を認めた.

は AE1! 3(+) ,CAM5.2(+) ,CD10(+)で あ り 腎 紡錘細胞癌の所見と考えられた.また右腎門部付近∼腎 静脈腫瘍栓では淡明な胞体を有する epithelioid な腫瘍 細胞の小胞巣状∼小腺管状の密な増殖が認められた.核 は類円形で大きさは比較的揃っており,細胞分裂像は目 立たず,淡明細胞癌の所見であり,紡錘細胞癌成分との 間に移行像が認められた.

を伴った凝固壊死巣で,内部に紡錘形の細胞をみとめた.





自覚症状がないうちに偶発的に発見されたが,急速な 転機をとった稀な腎悪性腫瘍の一例を報告した. 腎癌には淡明細胞癌をはじめ多くの組織型による分類 がなされている.2011 年に変更された腎癌取り扱い規

転移が認められた臓器は左腎,脳,肺,心臓,舌,咽

約1)によれば,それまでは組織型の一つとして分類され

頭,胃,回腸∼結腸,甲状腺,副甲状腺,横隔膜,リン

ていた紡錘細胞癌が,組織型の分類から外され付記事項

パ節であった.また腹膜・胸膜にも多数の 1 cm 前後の

の扱いとなった.これは腎紡錘細胞癌が上皮型組織型腫

播種巣を認めた.

瘍の脱分化のため生じるためである.腎細胞癌のうち

脳では肉眼的に,左前頭葉表面に出血があり,割面で

1∼8% が紡錘細胞癌への脱分化を認めるという報告が

は境界比較的明瞭で白色∼赤褐色調の不均一な 1.5 cm

ある.腎紡錘細胞癌は進展・転移が速く,予後不良であ

程度までの出血を伴う転移巣が大脳半球および小脳に散

ることが知られており,診断からの生存期間の中央値は

見された.左尾状核付近に 1.5 cm 程の辺縁不整の淡褐

4 カ月∼9 カ月2),5 年生存率は 15∼22%3)といわれてい

色病変があり,多数のヘモジデリン貪食マクロファージ

る.進行が速いことから,患者の約 9 割には,側腹部の

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疼痛や血尿などの症状があるといわれている4).本症例

例では転移性脳腫瘍の出血により急激に Performance

では自覚症状や血尿などの症状がなく,超音波検査でし

Status が悪化したため,予定されていた手術そのもの

か指摘されえなかったと考えられる.一般に腹部超音波

が実施できず,また診断がついても化学療法の施行は困

などの検査により偶発的に発見された腎細胞癌の予後は

難であったと予想される.

よいとされているが5),腎紡錘細胞癌まで進行した場合 5) 6)

はこのように急速な経過をとりうる . 腎紡錘細胞癌であっても画像による診断後,早期に手 7)

高齢者における進行が速い悪性腫瘍に対する検査閾 値・治療閾値を判断することは,各診療科や原病によっ て異なり,患者の背景や基礎疾患などにより困難となる

術し長期生存を認めた症例もあり ,定期健診やスクリー

ため,健診を通じた早期発見が望ましい.本症例のよう

ニングでの超音波検査,画像診断は重要である.腎充実

に病理診断が行われていない場合は,専門科と連携して

性腫瘤は,画像によりある程度の組織型の予測が可能で

診断・予後についての予測を立てること,より低侵襲な

あると言われているが,もっとも信頼度が高く検出能が

治療について検討すること,そして積極的な治療が困難

高いのはダイナミック CT であり1),造影剤が使用でき

と判断した場合には Best Supportive Care に切り替え

ない場合は MRI が有用である.最も頻度の高い淡明細

ていくことなどが重要であると考えられた.

胞癌でのダイナミック CT での典型的所見は,早期相で 腫瘍部が濃染され,晩期相で増強効果は残るが正常腎実 質より低い高吸収値(wash out)を認める.Wash out value が低ければ乳頭状腺癌や非淡明細胞癌に特異的で あり,高ければ淡明細胞癌・オンコサイトーマ・血管筋 脂肪腫に感度が高い所見である8).本症例では診断時の 造影 CT にて wash out を伴う hypervascular な腫瘍を 認め,これは基礎にあった淡明細胞癌の所見を残してお り,強い壊死と周辺への浸潤は紡錘細胞癌の所見である と考えられた.MRI では紡錘細胞癌は不整形であり T2 で不均一な高信号を伴い,内部の強い壊死,局所浸潤・ 遠隔転移も高頻度に認められると報告されているが4), これらの所見は特異性に乏しく,MRI の診断的価値は 限定的であると考えられる.本症例では原発巣に関する MRI 検査は実施しなかった. 腎癌の場合は診断時に遠隔転移があっても,可能な限 り腎および転移巣に対する手術は行われ,免疫療法・分 子標的治療を含む化学療法・局所放射線療法などが選択 される1).インターフェロン γ による免疫療法8),Gemcitabine,mammalian target of rapamicin(mTOR)inhibitors が有効であるという報告が複数あり,病理診断がさ れれば治療の選択肢が増えた可能性がある.しかし本症





1)日本泌尿器科学会編:腎癌診療ガイドライン 2011 版. 金原出版. 2)Golshayan AR, George S, Heng DY, et al.: Metastatic sarcomatoid renal cell carcinoma treated with vascular endothelial growth-factor targeted therapy. J Clin Oncol 2009; 27: 235. 3)de Peralta-Venturina M, Moch H, Amin M, et al.: Sarcomatoid differentiation in renal cell carcinoma. A study of 101 cases. Am J Surg Pathol 2001; 25: 275. 4)Rosenkrantz AB, Chandarana H, Melamed J: MRI findings of sarcomatoid renal cell carcinoma in nine patients. Clin Imaging 2011; 35: 459―464. 5)瀬川直樹,鈴木俊明,金原裕則ほか:透析患者に発生し た腎紡錘細胞癌の 1 例.泌尿器外科 2013; 2: 221―226. 6)大庭康司郎,古賀成彦,錦戸雅春ほか:肉腫様腎細胞癌 の臨床的検討.泌尿紀要 2003; 49: 131―133. 7)Giannakis D, Tsili AC, Zioga A, et al.: Early-stage sarcomatoid renal cell carcinoma: multidetector CT findings. Urol Int 2009; 82: 367―369. 8)Dall Oglio MF, Lieberknecht M, Gouveia V, et al.: Sarcomatoid differentiation in renal cell carcinoma: prognostic implications. Int Braz J Urol 2005; 31: 10―16. 9)Cheville JC, Lohse CM, Zincke H, et al.: Sarcomatoid renal cell carcinoma: an examination of underlying histologic subtype and an analysis of associations with patient outcome. Am J Surg Pathol 2004; 28: 435―441.

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日本老年医学会雑誌 51巻 6 号(2014:11)

A case of renal spindle cell carcinoma Mari Sasaki, Yasuko Abe, Kenji Toyoshima, Norihiko Izumimoto, Eiji Kaneko and Kentaro Shimokado

Abstract An asymptomatic 67-year-old woman was found to have renal tumors by chance on a screening abdominal ultrasound examination. Although surgical resection was planned for both a diagnostic purposes and treatment, she suddenly developed hemorrhage from the cerebral metastasis in the left thalamus, and the surgical procedure was postponed. Irradiation with a gamma knife was performed to treat the cerebral metastasis; however, the patient s general condition quickly worsened, and she died six months after diagnosis. An autopsy showed typical spindle cells in the primary lesion with multiple metastases. Renal spindle cell carcinoma is a relatively rare type of the renal carcinoma that is both very aggressive and exhibits a poor prognosis, with few established treatments. Hence, obtaining an early diagnosis on abdominal ultrasound is important in such cases. Key words: Renal spindle cell carcinoma, Diabetes mellitus, Cerebral metastasis (Nippon Ronen Igakkai Zasshi 2014; 51: 564―568) Geriatrics and Vascular Medicine, Tokyo Medical and Dental University

[A case of renal spindle cell carcinoma].

An asymptomatic 67-year-old woman was found to have renal tumors by chance on a screening abdominal ultrasound examination. Although surgical resectio...
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