Jpn. J. Clin. Immunol., 37(5)390~397(2014)Ⓒ 2014 The Japan Society for Clinical Immunology

390

特集:腸内細菌と免疫疾患 総  説

細胞老化と慢性炎症 大谷直子

Cellular senescence and chronic inflammation Naoko Ohtani Department of Applied Biological Science, Faculty of Science and Technology, Tokyo University of Science (Accepted August 6, 2014) summary It has recently become apparent that obesity is associated with chronic inflammation and several common types of cancer development. Although several events were proposed to be involved in these pathologies, the precise mechanisms underlying obesity-associated inflammation and cancer largely remain unclear. Here, we show that senescence-associated secretory phenotype (SASP) plays crucial roles in promoting obesity-associated hepatocellular carcinoma (HCC) development in mice. Dietary or genetic obesity induces alterations of gut microbiota, thereby increasing the levels of a bacterial metabolite that cause DNA damage. The enterohepatic circulation of the bacterial metabolites provokes SASP phenotype in hepatic stellate cells (HSCs), which in turn, secretes various inflammatory and tumour promoting factors in the liver, thus facilitating HCC development in mice after exposure to chemical carcinogen. Importantly, reducing gut bacteria efficiently prevents HCC development in obese mice. Similar results were also observed in mice lacking an SASP inducer or depleted of senescent HSCs, indicating that the induction of SASP by the gut bacterial metabolite in HSCs plays key roles in obesity-associated HCC development. Interestingly, moreover, signs of SASP were also observed in the HSCs in the area of HCC arising in patients with nonalcoholic steatohepatitis (NASH), implying that a similar pathway may contribute to at least certain aspects of obesity-associated HCC development in humans as well. These findings provide valuable new insights into the development of obesity-associated cancer. Key words    cellular senescence; inflammatory cytokine; obesity; liver cancer; deoxycholic acid 抄  録 近年,肥満は糖尿病や心筋梗塞だけでなく,様々ながんを促進することが指摘されている.しかし,その分子メ カニズムの詳細は十分には明らかになっていない.今回著者らは,全身性の発癌モデルマウスを用いて,肥満によ り肝がんの発症が著しく増加することを見出した.興味深いことに,肥満すると, 2 次胆汁酸を産生する腸内細菌 が増加し,体内の 2 次胆汁酸であるデオキシコール酸の量が増え,これにより肝臓の間質に存在する肝星細胞が「細 胞老化」を起こすことが明らかになった.「細胞老化」とはもともと,細胞に強い DNA 損傷が生じた際に発動さ れる生体防御機構(不可逆的細胞増殖停止)である.しかし最近,細胞老化をおこすと細胞が死滅せず長期間生存 し,細胞老化関連分泌因子(SASP 因子)と呼ばれる様々な炎症性サイトカインやプロテアーゼ等を分泌すること が培養細胞で示されていた.実際著者らの系でも,細胞老化を起こした肝星細胞は発がん促進作用のある炎症性サ イトカイン等の SASP 因子を分泌することで,周囲の肝実質細胞のがん化を促進することが明らかになった.さら に臨床サンプルを用いた解析から,同様のメカニズムがヒトの肥満に伴う肝がんの発症に関与している可能性も示 された.本研究により肥満に伴う肝がんの発症メカニズムの一端が明らかになったと考えられる.今後,糞便中に 含まれる 2 次胆汁酸産生菌の増殖を抑制することにより,肝がんの予防につながる可能性が期待される.

東京理科大学理工学部応用生物科学科

大谷・細胞老化と慢性炎症

391

ストレスや,がん遺伝子の活性化による過剰増殖

はじめに

(過剰複製)のような,DNA ダメージシグナルを

生来,正常な哺乳動物細胞には,異常な細胞の増

Waf1/Cip1 誘導する刺激により,同様に p53- p21 経路,

殖を防ぐための様々な仕組みが備わっている.この

p16Ink4a-RB 経路を介して急速に細胞老化様の不可逆

ような生体防御機構のひとつが,不可逆的細胞増殖

的細胞増殖停止が起こることが明らかになってきた

停止である「細胞老化」の誘導である.細胞老化は

(図 1 ) .テロメア長が非常に長く,体細胞でもテ

がん遺伝子の活性化や DNA ダメージなど発がんの

ロメラーゼ活性を有するマウスの細胞でも,このス

危険性が細胞に生じた場合に発揮される,アポトー

トレスによる細胞老化が起こることが知られてい

シスとならぶ重要ながん抑制機構と考えられてきた.

る.このような様々な細胞内外のストレスにより生

しかし,アポトーシスと異なり,老化細胞はすぐに

じる細胞老化は,ストレス誘導性細胞老化(stress-

は死滅せず,長期間生存し続ける可能性がある.最

induced senescence, SIS),またはがん遺伝子誘導性

近,細胞老化を起こすと,炎症性サイトカインやケ

細 胞 老 化(oncogene-induced senescence, OIS) と 呼

モカイン,細胞外マトリクス分解酵素など,炎症や

ばれている.この種の細胞老化は,培養細胞におい

発がんを促進する様々な因子を分泌する Senescence-

てだけでなく,生体においても誘導されることが報

associated Secretory Phenotype(SASP) と 呼 ば れ る

告されたことから ,ストレス誘導性細胞老化は,

現象を起こすことが明らかになった.このことは生

正常細胞が上述のような DNA ダメージをともなう,

体における細胞老化の蓄積が,慢性炎症やがんの進

発がんの危険性のある強いストレス(発がんストレ

展にかかわる,生体に不利益な微小環境を形成する

ス)を受けた場合に,速やかに働く生体防御機構

可能性を示唆している.これまで,細胞老化のがん

(がん抑制機構)の一つであると考えられる(図 1 ).

3)

4)

抑制作用という良い面のみが注目されてきたが,今

生体で細胞老化が生じる可能性があるのはどのよ

後 SASP による細胞老化の不利益な面が生じる可能

うな細胞であろうか? 前述したように,細胞老化

性も考えていく必要がある.

の定義は増殖中の細胞において,細胞内外のストレ スによって生じる DNA ダメージ等が原因で,細胞

細胞老化とは -分裂寿命とストレス誘導性細胞老化-

周期チェックポイントが恒常的に活性化され誘導さ れる不可逆的増殖停止である.この定義に基づく

ヒトの生体から正常な体細胞を取り出して培養す

と,組織の再生時に増殖する組織の前駆細胞や幹細

ると,はじめのうちは良く増殖するが,ある一定の

胞,また間質に存在し組織の修復時に増殖する線維

回数分裂増殖を繰り返した後,細胞は増殖を停止 し,もはやいかなる増殖刺激を与えても細胞分裂が おこらなくなる.この「不可逆的な細胞増殖停止」 状態が細胞老化(cellular senescence)であり,この 現象は今から 50 年ほど前にアメリカの Hayflick に よって発見された .細胞老化は増殖因子の除去や 1)

接触阻害等の場合に見られる一時的な増殖停止と は異なり,細胞が本来有する分裂寿命(Replicative lifespan)を迎えたために起こる不可逆的な増殖停 止である.この分裂寿命が生じる原因は,ヒトの体 細胞の場合,テロメラーゼの活性が非常に低いた め,細胞分裂ごとに染色体末端に存在するテロメ アが短小化し,そのために起こる構造変化が DNA ダ メ ー ジ と し て 認 識 さ れ,p53- p21

Waf1/Cip1

p16

経 路,

-RB 経路といった増殖抑制因子群の活性化を

Ink4a

引き起こし,細胞分裂が停止するためであると考え られる .しかし近年,分裂寿命をまだ迎えていな 2)

い細胞においても,活性酸素種の蓄積による酸化的

図 1  細胞老化の誘導 ヒトの組織から体細胞を分離し培養を行うと始めのうち はよく増殖するが,ある一定の回数分裂増殖を繰り返した のち細胞は増殖を止め,それ以降はどのような増殖刺激を 与えても分裂増殖をしなくなる.この状態が分裂寿命によ る細胞老化である.分裂寿命による細胞老化はテロメアの 短小化により起こる.一方,ストレス誘導性細胞老化は酸 化的ストレスやがん遺伝子の活性化等により,強い DNA ダ メージが生じる場合に急速に起こる細胞老化である.

日本臨床免疫学会会誌(Vol. 37 No. 5)

392

芽細胞などでは細胞老化が生じる可能性がある.注

(reactive oxygen species, ROS)の産生が異常に亢進

意しておきたいのであるが,生体で生じる増殖停止

し,ROS による PKC-δ の恒常的な活性化が起こる

細胞という共通点から,細胞の終分化が細胞老化と

ことを見出した .PKC-δ の活性化は,細胞質分裂

混同されることがある.しかし,分化の場合は正常

の進行に必要な Mitotic Exit Network(MEN)kinase

細胞に起こる最初からプログラムされた増殖停止で

の 1 つである WARTS/LATS1 の蛋白分解を起こすた

あり,DNA ダメージなどの異常は伴わないと考え

め,細胞質分裂を完了できなくなる.このことは,

られる.細胞老化はあくまで,異常な細胞の増殖を

老化細胞では細胞周期の G1 期だけでなく,M 期に

止めるための増殖停止である点が,正常分化とは異

おいても細胞周期の進行が阻害されていることを示

なる.しかし近年,色素幹細胞では,DNA ダメー

しており,細胞老化の不可逆性の維持に寄与してい

ジ等の刺激により,細胞老化ではなく異常分化を遂

るのではないかと考えられる .

げることにより増殖を停止するケースも報告されて いる . 5)

細胞老化の誘導・維持機構

7)

7)

細胞老化反応の生体内イメージングによる検出 生体内で,どのような臓器で,いつ,細胞老化が 生じているのかを検出する方法はあるのであろうか?

上述したふたつの細胞老化(分裂寿命とストレス

細胞老化を検出するマーカーとして,Senescence-

誘導性細胞老化)の誘導の際に見られる共通の現象

Associated β-galactosidase(SA-β-gal) 活性8) の 検 出

として,DNA ダメージ応答(DNA damage response,

は,簡便なため最も広く使われている.しかし,

DDR)が生じることがあげられる.つまり,細胞

SA-β-gal 活性は必ずしも細胞老化特異的とは言え

老化の不可逆的増殖停止は,増殖中の細胞におい

ず,培地から血清を除去して増殖が停止した細胞に

て生じた DNA ダメージに反応し,Cyclin-dependent

おいても検出されることが示された .従って,細

kinase(CDK) イ ン ヒ ビ タ ー で あ る p21Waf1/Cip1 や

胞老化の証明には他の細胞老化マーカーとの併用が

p16Ink4a の発現誘導が起こり,これらの CDK インヒ

必要とされる.著者らは,多くの正常細胞において

ビターにより RB タンパクが恒常的に活性化される

p16Ink4a 遺伝子の発現が極めて低く,細胞老化にとも

ことにより,細胞周期の G1 期から S 期への移行に

なって顕著な発現上昇を示すことから ,p16

必要な転写因子である E2F の転写活性が阻害され

伝子の発現上昇が細胞老化の良いマーカーになると

細胞周期の進行が停止するために起こると考えら

判断し,p16

れている .すなわち,細胞老化の誘導は細胞周期

アルタイムにイメージングすることにより,細胞老

チェックポイント機構の恒常的な活性化と考えるこ

化反応の体内動態を解明することを試みた.ホタル

とができる.p21

の発光酵素であるルシフェラーゼと p16

6)

Waf1/Cip1

と p16

Ink4a

は標的とする CDK

9)

10)

Ink4a

Ink4a



遺伝子の発現をマウスの生体内でリ

Ink4a

との融

が異なるため,それぞれ単独では RB タンパクを完

合タンパクを発現する遺伝子改変マウスを作製する

全に活性化することは出来ないが, 2 つが同時に

ことで,p16

働くことで効率よく RB タンパクを活性化すること

ナルとしてマウスの生体内でリアルタイムに測定す

ができると考えられる .また,最近著者らは,増

ることを可能とした (図 2 ).この p16

殖刺激の存在下にもかかわらず RB タンパクが十分

メージングマウスを用いて,ras 遺伝子の活性化に

に活性化され,細胞老化が起こると,活性酸素種

よる皮膚の良性パピローマでは,パピローマの成長

6)

Ink4a

遺伝子の発現を特異的に発光シグ 11)

Ink4a

発現イ

図 2  p16 遺伝子発現の生体内イメージング p16 遺伝子の発現を発光でモニターできるマウスを開発した.加齢により全身で p16 遺伝子の発現が上昇する. (文献 11 より引用,一部改変)

大谷・細胞老化と慢性炎症

が止まる時期と一致して,皮膚の上皮細胞において Ink4a

p16

の発現が誘導されることを見出した.p16

Ink4a

遺伝子をノックアウトすると,パピローマの悪性腫 瘍化が顕著に促進されたことからも,p16

393

ある様々な因子を分泌することが明らかになった. この現象は Senescence-associated Secretory Phenotype (SASP)と呼ばれている(図 3 ) . 13)

は細

SASP 誘導の分子機構としては,老化細胞から

胞老化を誘導することで良性腫瘍から悪性腫瘍への

分 泌 さ れ る 炎 症 性 サ イ ト カ イ ン の 発 現 を 制御す

形質転換を阻止する役割,すなわち,がん抑制機

る,C/EBPβ や NFκB という転写因子が同定された

構を担っていることを示唆している .また,この



イメージングマウスを自然に加齢させると,加齢に

ネティックな発現制御機構を明らかにした.著者

ともなって p16

の発現を示す発光強度が腹部を

らは,細胞老化を起こすと,ヒストン H3 のジメチ

中心に著しく上昇し,細胞老化を起こした細胞が

ル化酵素である,G9a,GLP が APC/cdh1 という E3

11)

加齢に伴って蓄積していくことが明らかになった

リガーゼによりタンパク分解を受けることを発見し

(図 2 ) .前項で述べたように,細胞老化は増殖する

たが,これにより,ヒストン H3 のジメチル化レベ

細胞において,細胞周期チェックポイント機構とし

ルが著しく減少し,クロマチンが開くことによって,

て生じる可能性があり,細胞老化のイメージングマ

多くの SASP 因子の発現が誘導されることが明らか

ウスにおいても,腸など再生能力の高い組織で,細

になった .

Ink4a

11)

Ink4a

胞老化の蓄積が起こりやすいと考えられた.イメー ジングマウスで検出された,発光強度が高まった臓

,著者らは,SASP 因子を誘導するエピジェ

14, 15)

12)

SASP の生体への影響

器の老化細胞では,CDK インヒビターの発現上昇

SASP 因子はオートクライン的に働き,CXCR2

のほか,Ki67 などの増殖マーカーの低下,γ-H2AX

やそのリガンド因子により自分自身の細胞老化を

foci 等の DNA ダメージ応答マーカーの蓄積が検出

強化することが示されている .一方で,パラクラ

され,これらは細胞老化の誘導機構に合致した有用

イン的に周囲の細胞に作用することも示されてい

な細胞老化マーカーであると考えられた

る.TGF-β 等の因子によりパラクライン的に周囲の



11, 12)

16)

細胞の細胞老化を促進する報告があるが ,IL-6 や 17)

細胞老化と慢性炎症 ⊖ Senescence-associated Secretory Phenotype, SASP ⊖

GROα,PAI-1(plasminogen activator inhibitor-1), MMPs など腫瘍促進的に働くことが知られる因子も

前述したように,細胞老化は DNA ダメージなど の発がんの危険性が生じた細胞の増殖を不可逆的に 停止させることによって,異常な細胞の増殖(がん 化)を抑制する重要ながん抑制機構であることは間 違いない.そのことは,ヒトに生じる非常に多くの 悪性腫瘍において,細胞老化を誘導する RB-p16 や p53-p21 経路に異常が認めらえることからも十分に 理解できる.しかし,同様のがん抑制機構であるア ポトーシスと異なり,老化細胞はすぐには死滅せず, 長期間生存し続ける可能性がある.事実,p16

Ink4a

発現イメージングマウスにおいても,加齢とともに 老化細胞が蓄積していく様子が確認された(図 2 ). 一方,加齢とともに,がんの発症率が上昇すること が知られている.細胞老化を起こした細胞の蓄積と 発がんは相関しているかのようにも考えられる.そ の原因を示唆する老化細胞の性質が近年明らかに なってきた. 最近,細胞老化を起こすと,炎症性サイトカイン やケモカイン,さらには増殖因子や細胞外マトリク ス分解酵素など,炎症や発がんを促進する可能性の

図 3  細胞老化の誘導と SASP 正常細胞が強い DNA ダメージを受けると,アポトーシス により細胞は自ら死滅するか,細胞老化が誘導され不可逆 的細胞増殖停止が起こる.これらは DNA ダメージを被っ た異常細胞が増えないようにするための生体防御機構であ る.しかし,長く生き残った老化細胞から,炎症性サイト カインなど様々な分泌因子が放出されることが最近明らか になり,この現象は SASP(Senescence-Associated Secretory Phenotype)と呼ばれている.

日本臨床免疫学会会誌(Vol. 37 No. 5)

394

.SASP は生体にとって,有益な

研究では,細胞老化を起こした線維芽細胞との共

のか有害なのか,またそのスイッチングはどのよう

存によって,上皮系培養細胞は浸潤能が亢進し ,

に制御されているのだろうか?(図 4 )

ヌードマウスへのがん細胞の移植実験では,腫瘍

多く分泌する

18, 19)

18)

SASP は DNA 損傷を受けた細胞で生じることが

の成長が大きく促進されるということが報告され

知られている.その知見に合致するように,組織レ

た .また,卵巣がん周囲の線維芽細胞,いわゆる

ベルでも傷害を受けた組織環境における細胞で細胞

CAF(Cancer-associated fibroblast) で 細 胞 老 化 や

老化や SASP が生じることが報告されている.たと

SASP が起こっており,それが腫瘍の進展に関与す

えば,皮膚の損傷時において,その治癒過程で皮膚

るという報告もある .

22)

23)

線維芽細胞で一時的に細胞老化が起こり,線維化や

最近,SASP 因子が周囲の細胞の細胞老化を促す

瘢痕化を抑制し,同時に SASP 因子が免疫細胞を遊

のか,逆に腫瘍促進的に働くのかは周囲の細胞の

走させ,治癒に役立っていることが示唆された .

p53 のステータスによりスイッチングされていると

また四塩化炭素を用いた肝臓傷害モデルでも,肝臓

いう報告がなされた .CKIα(Csnk1a1)のノック

の間質に存在する肝星細胞と呼ばれる線維芽細胞に

アウトマウスを用いた大腸がんの発症モデルでは,

おいて細胞老化が起こり,線維化を抑制しているこ

細胞老化を起こした細胞の周りの細胞において p53

とが示唆された.このとき SASP 因子は免疫細胞の

や p21 が正常であれば,細胞老化による分泌因子に

遊走を促し老化細胞のクリアランスに役立っている

より細胞老化が誘導され,p53 が変異しておれば,

と報告された .このように間質に存在する線維芽

発がんを促進することが示された.すなわち SIR(著

細胞の細胞老化は組織損傷に対する正常な治癒反応

者らは上皮細胞の細胞老化による SASP フェノタイ

として一時的に生じることが示されている.

プ を senescence-associated inflammatory response, SIR

20)

21)

24)

しかし,SASP によって分泌される因子は,多く

と呼称)によるパラクライン作用において,がん抑

は発がんや炎症など,生体にとって不利益な病態

制機構である細胞老化誘導か,がん促進かのスイッ

を引き起こす能力を持っている因子である .した

チングをしているのは,p53 の状況によることが示

がって生体で細胞老化が生じそのまま長期に生体内

唆された .

18)

に生存し蓄積すると,SASP によって炎症性サイト カインや細胞外マトリクス分解酵素等が分泌され, そこは周囲の組織に炎症反応や発がんの促進を引き 起こす生体にとっては好ましくない微小環境となる 可能性がある .SASP によるがん進展に着目した 13)

24)

肥満で増加した腸内細菌の代謝物による SASP 誘導が肝臓がんを促進する これまで述べてきた SASP が,in vitro だけでなく, 生体においてはどのような役割を担っているのかを 証明していくことが重要である.著者らは,肥満に 伴い肝がんが発症するマウスモデルで,肝がん促進 機構としてがん微小環境における SASP が重要な役 割を担っていることを最近報告した .多くのヒト 25)

のがんで高頻度に変異が見つかっているがん遺伝子 の Hras 遺伝子に活性化型変異を起こすことが知ら れている化学発がん物質 DMBA(7,12-dimethylbenz (α)anthracene)を生後 4 ~ 5 日の乳児期のマウスの 背中の皮膚に一回塗布し,高脂肪食摂取群と普通食 摂取群に分け,30 週後に解析すると,高脂肪食摂取 群のすべてのマウスの肝臓には肝がん(hepatocellular carcinoma: HCC)が形成される.一方,DMBA 塗布 後普通食を与えた肥満していないマウスでは肝がん 図 4  SASP の役割 SASP 因子は,オートクライン的に自己細胞に働き,細胞 老化を強化したり,パラクライン的に働き免疫細胞の遊走 に関わる一方で,分泌因子の性質から,周囲の細胞に様々 な炎症反応を引き起こし,慢性炎症や発癌を促進するとい うような有害な面もあると考えられている.

の発症が全く見られなかったことから,肥満により 肝がん形成が促進されることが明らかになった.こ のとき,著者らが以前開発していた細胞老化反応を 発光シグナルによりインビボ・イメージングできる

大谷・細胞老化と慢性炎症

マウス

395

を用いて同様の実験をおこなったところ,

26)

肥満にともなう肝がん部に強いシグナルが検出され, がん部で細胞老化反応が起こっていることが明らか になった. 次に,肝臓のどの細胞で細胞老化が誘導されてい るかを調べるため,免疫組織化学染色法を用いて検 討を行った.その結果,肥満したマウスの肝臓のが ん部では,間質の細胞の一つである肝星細胞にお いて,細胞老化の原因である DNA 損傷の蓄積や, p21Waf1/Cip1 や p16Ink4a の発現が認められ,細胞老化が 誘導されていることが確認できた.さらに細胞老 化を起こした肝星細胞は SASP 因子として知られる 様々な炎症性サイトカインやケモカインも産生して いることが確認された. 次に,肝星細胞からの SASP 因子の産生を抑制 することを試みた.SASP 因子の主要因子でありか つ,他の様々な SASP 因子の発現に必要な炎症性サ イトカインである IL-1β をコードする遺伝子を欠損 したノックアウトマウスを用いて検討したところ,

図 5  肥満で増加した腸内細菌の代謝物による SASP 誘導 が肝臓がんを促進する 肥満により腸内細菌叢が変化し,増えた腸内細菌により 代謝された一次胆汁酸の代謝産物,デオキシコール酸の量 が増加する.デオキシコール酸は腸肝循環により肝臓に到 達し,肝臓の間質に存在する肝星細胞の細胞老化と SASP を誘発し,それによって分泌された SASP 因子が肝がんを 促進する. (図は文献 25 より引用,一部改変)

IL-1β 欠損マウスでは,野生型マウスと比較して肥 満による肝星細胞の細胞老化は同程度誘導されてい

し,同時に細胞老化と SASP を起こした肝星細胞の

るものの,SASP 因子の産生が起こっておらず,肝

割合も著しく低下していた.このことから,腸内の

がんの発症率も著しく低下することがわかった.さ

グラム陽性菌が肥満による肝がん形成に重要な役割

らに,肝星細胞特異的に発現する HSP47 の発現を

を担っており,肥満により増加するグラム陽性菌の

生体内でノックダウンし肥満マウスの肝星細胞を特

代謝産物が,腸肝循環を介して肝臓に作用し,肝星

異的に除去したところ ,肝がんの発症率が著しく

細胞の細胞老化を誘導して肝がん形成を促進するの

低下することがわかった.これらの実験結果から肥

ではないかと考えられた.

27)

満により細胞老化を起こした肝星細胞が SASP 因子

そこで,肥満による肝がん促進物質を同定するた

を介して周囲に存在する肝実質細胞のがん化を促進

め,普通食マウスと高脂肪食マウスの血清を用いて

していることが明らかになった(図 5 ) .

メタボローム解析を行った.その結果,2 次胆汁酸

次に,肥満によりどのようなメカニズムで肝星細

の一つであるデオキシコール酸(Deoxycholic acid:

胞が細胞老化を起こすのかを解明するため,肥満に

DCA)が肥満マウスの血中で数倍増加しているこ

伴う様々な生体内変化に着目した.その中で,著者

とが明らかになった.生体内でコレステロールか

らは腸内細菌叢の変化に注目した.ヒトにおいては

ら産生される 1 次胆汁酸は脂肪の消化に重要であ

肥満に伴って腸内細菌叢が大きく変化することが報

るが, 1 次胆汁酸は一部の腸内細菌が有する 7α-

告されている .そこで次世代シークエンサーを用

dehydroxylation 活性によって 2 次胆汁酸に代謝され

いて,マウスの糞便に含まれる細菌の 16S リボソー

ることが知られている.興味深いことに,これまで

ム RNA 遺伝子の配列を解析したところ,肝がんを

の報告では DCA 産生能が高い Clostridium sordellii

発症した肥満マウスにおいては,普通食摂取マウス

や Clostridium scindens は高脂肪食摂取マウスで増加

に比べて,グラム陽性菌,特に普通食摂取マウスで

していたクロストリジウムクラスター XI や X IVa

はほとんど検出されなかったクロストリジウムクラ

に属することがわかっている.さらに,重要なこと

スター XI や X IVa に分類される菌(グラム陽性菌)

に,培養細胞を用いた研究から DCA は活性酸素種

増加していることが明らかになった.そこで,グラ

(ROS)を介して細胞に DNA 損傷を誘導し ,発が

ム陽性菌のみを殺菌するバンコマイシンを投与した

んを促進する可能性があることが報告されている.

ところ,肥満による肝がんの発症率が著しく低下

これらのことから,肥満による肝がんの形成にお

28)

29)

日本臨床免疫学会会誌(Vol. 37 No. 5)

396

いて DCA が重要な役割を担っている可能性が高い

は,BRAF の活性化による細胞老化状態(oncogene-

と考えた.興味深いことに,DCA 産生を阻害する

induced senescence, OIS)では,ピルビン酸脱水素酵

DFAIII(difructose anhydride III)や,胆汁酸の体外

素(pyruvate dehydrogenase; PDH)の活性が上昇し

への排出を促進する UDCA(ursodeoxycholic acid)

ていることを報告した .PDH は解糖系からクエ

を投与して体内の DCA 濃度を低下させた肥満マウ

ン酸回路に移行するゲートキーパー酵素であり,老

スでは,肝がんの発症率及び肝星細胞の細胞老化が

化細胞では活性酸素種の生じるクエン酸回路系が活

著しく低下していた.逆に,肥満マウスに抗生物質

性化していることになる.おそらく PDH の活性化

を投与し腸内細菌を除去すると同時に,DCA を経

による活性酸素種蓄積は,細胞老化の促進に寄与し

口投与してみたところ,抗生剤投与により低下した

ていると考えられる.今後,細胞老化や SASP を誘

肝がん発症率が,DCA 投与により著しく回復し,

導する代謝性変化に着目した研究も興味深い.さ

同時に腫瘍部では肝星細胞の細胞老化と SASP も誘

て,これまで述べてきたように,細胞老化は初期に

導されていた.これらの結果から,肥満により増加

はがん抑制機構として重要であるが,長期的には

した腸内細菌が産生する 2 次胆汁酸 DCA が,腸管

SASP という現象を介して,がんや慢性炎症をかえっ

循環を介して肝臓に運ばれ肝星細胞に細胞老化及び

て促進してしまうというパラドクスを秘めた諸刃の

SASP を誘導することで肝がんの形成を促進してい

剣のような現象であると考えられる.最近の知見か

ることが明らかになった(図 5 ) .また同様の結果

ら,様々な要因が生体内で細胞老化や SASP を促進

が,普通食を過剰に摂取して肥満する遺伝的肥満マ

することが明らかになってきた.今後,SASP 因子

ウスを用いた実験でも確認されたことから,今回著

の発現機構や分泌機構を明らかにしていくことで,

者らが明らかにしたメカニズムは単に,高脂肪食に

有害な SASP 因子の影響を抑制する方法が開発でき

よる影響ではなく肥満という病態による影響である

れば,がんの発症抑制に貢献できる可能性がある.

と考えられる. さらに,今回の研究により明らかになった発がん 促進機構が,マウスだけでなくヒトにおいても起こ りうる可能性があることが明らかになった.肥満に 伴う NASH(non-alcoholic steatohepatitis)を素地と する肝がん患者の約 3 割において,上記のマウスモ デルと同様,肝星細胞に細胞老化の誘導と,SASP を介した炎症性サイトカインの産生が生じていたの である.また,過去の研究で,健常人に高脂肪性の 食事を摂取させたり ,動物性食事を数日という短 30)

期間摂取させただけで,糞便中の DCA 濃度が上昇 することが報告されている .これらのことから, 31)

ヒトにおいても脂肪肝を素地とする一部の NASH 肝がんの形成に腸内細菌による DCA 産生増加と肝 星細胞の SASP の誘導が働いている可能性が強く示 唆された. おわりに 以上述べてきたように,生活習慣の変化やそれに ともなう腸内細菌の変化が,様々な組織の細胞で 活性酸素種(ROS)の増加とそれによる DNA 損傷 の蓄積を促し,細胞老化を誘導して SASP を生じさ せることが明らかになってきた.肥満病態では様々 な代謝も変化するが,最近,細胞老化と代謝性変 化も明らかになってきている.Peeper らのグループ

32)

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大谷・細胞老化と慢性炎症

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[Cellular senescence and chronic inflammation].

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