〔811〕
克山病流行地 区居住者 の頭髪 中微量元素濃度 に関す る検討 太
田
庸 起 子*1,中
野
*1国 立 環 境 研 究 所 ,*2国
Concentration Children
Yukiko
浩*2,松
in a Keshan
Atsuhiro
本
理*1
立 水 俣 病研 究 セ ン ター
of Trace Elements
Living
Ohta*1,
篤
Disease
Nakano*2
and
in Hair District
Michi
from in China
Matsumoto*1
*1National Institute for Environmental Studies , Tsukuba *2National Institute for Minamata Disease , Minamata
The hair from 9 children living in a Keshan disease prevalent
district
and from 10 children living in a Keshan
disease non-prevalent district in China was analyzed. At the same time, the hair from 35 children of the same age residing in Tsukuba district in Japan was analyzed for comparison of the concentration of essential trace elements with that of children living in the Keshan disease prevalent district. Se concentration was determined by a fluorophotometric method and 16 other elements were analyzed by ICP emission spectrometry. Hg was analyzed
by the heating
evaporation
method
and by neutron
activation
analysis.
The Se concentration
in the
hair of children living in the prevalent district was very low, being one-tenth that of the Japanese. The Ni concentration was particularly low in the prevalent district, and it determined to study more about the effects of Ni deficiency on health. In the prevalent district, Mg and Ca levels were low and those of Pb, Fe, Al, Ti were relatively high. Mn concentrations of both districts in China were very high when compared to the Japanese. The results of this study showed that the low Se concentration in Keshan disease is in agreement with previously reported data. Ecological factors, including nutrition were considered to be important in the etiology of this disease.
Key words:
Hair of Chinese children of trace elements in hair, of element concentrations
and of Japanese Se concentration,
children,
Keshan disease,
Ni concentration,
中 国及 び 日本 の 子供 の頭 髪,克 山病,頭 髪 中微 量 元 素 濃 度,セ ニ ッケ ル濃 度,元 素 濃 度 の 比較
は じめ に 克 山病 は1935年 冬 に 中国 黒 龍江 省 克 山 県 に 一種 の 奇 病
Content
Comparison レン濃度,
素(Se)の 欠 乏で あ る との精 力 的 な研 究成 果 を念 頭 に お き, セ レン以外 の元 素 濃度 の程 度 か ら地 理 的 環境,食 生 活 の 相 違 に よる差 の 比 較 も考 えて 本 研 究 を取 り上 げ た。
と して発 生 して か らこの 名 が つ け られ,中 国東 北 部 か ら
本 疾患 の特 徴 は 主 と して 心 筋壊 死 とび まん 性心 拡 張 で
西 南 部 にか け て の細 長 い ベ ル ト状 地 帯,特 に 山岳 部 や 農
拡 張 性 心筋 症 を示 してい る3)。急 性 克 山病 は 急 性 心 原 性
村 部 に 多発 した 風 土 病 で あ る1)。風 土 病 と環 境 との 関 連
シ ョッ クが表 れ,悪 心,お
を検 討 す るに 際 し,環 境 中 の有 害 物 質 及 び健 康 維 持 に 必
圧 が 降 下 し,死 亡 率 が 高 く,慢 性 に な って も予後 は 良 く
う吐,胸 内苦 悶 等 を訴 えて 血
要 な物 質 の 過 不足 即 ち栄 養状 態 な どに 着 目す る こ と も必
ない 。患 者 は11な い し12才 以 下 の小 児 や 妊娠 期 の女 性 に
要 な課 題 で あ る。 ここ にお い て著 者 らは 元素 濃 度 の 面 か
多 い 。数 十 年 来 この病 気 の 本態 と原 因 に つ い て多 くの調
ら考察 を加 え た い と考 えた 。 李 ら2)の 克 山病 が セ レ ン元
査 研 究 が な され,学 説 も種 々提 唱 され た 。一 酸 化 炭 素 中
日衛 誌(Jpn.J.Hyg.)第47巻
〔812〕
毒説(原 享 等),栄
養 説(于 維 漢 等),Virus感
染 説,真 菌
毒素 説4)等 があ り,確 実 な原 因 は 不 明で あ る。 しか し, 近 年,Se欠
乏 が起 因 して い る と い う研 究 成 果 が み と め
第4号1992年10月
に住 ん で い る人達 の飲 食 物 は 単調 で,飲 料 水 と共 に衛 生 状 態 に 差 が あ った13)。1960年 に楚 雄 市 に 克 山 病 が 流 行 して以 来,1965年
に も大 流 行 が あ り,次 い で1968∼1970
られて きた5)。克 山 病 は 臨床 上,動 物 のSe欠 乏 と関係 の
年 で あ った 。 重 病 区で の 死 亡 率 は98%で あ った。 夏 と秋
あ る 白筋 症 と類 似 して い る こと に着 目 し患 者 を検 査 した
に 多発 しそ の 年齢 は3な い し5才 が54.1%,最
結果,そ
の頭 髪 と血液 中 のSe濃 度 が低 く,さ らに,Se
投 与 を して予 防 措 置 を した と こ ろ効 果 が 良 か っ た5,6)。
年 少 は4
ヵ月,最 高 年 齢 は48才 で あ った。 本 研 究 に用 い た 試 料 は 雲 南省 克 山 病 流行 地 区 の1才 か ら13才 に わ た る男 児9名
本疾 病 及 び カシ ンベ ック氏病 共 に,流 行 地 で 産 出 され る
(平均 年 齢5.9才,2名
穀 物 及 び 野 菜 中 のSe含 有 量 が低 く,こ れ らを 食 物 に摂
区 の5才 か ら11才 に わ た る男 児10名(平 均 年 齢7.4才)の
取 して い る住 民 の 頭髪 や 血液 中のSe濃 度 は低 濃 度 で あ っ
頭 髪 で,後 頭 部 よ り採 髪 した 。他 方,同 年齢 範 囲 の 日本
た7,8)。流 行 地 域 の生 態 学 的 特 徴 と して住 民 の生 活 レベ
国 つ くば市 居 住 の4才 か ら13才 にわ た る男女 幼 児童35名,
ル が低 く蛋 白質 の摂 取 量 が不 足 して お り,か つ 農 作物 の
(男児24名,女
種 類 が 少 な い の で 偏 っ た食 事 で あ った 。 即 ちSeの 摂 取
た。
が少 ない と同 時 に他 の 栄養 素 が不 足 して い る と考 え られ
(2)
た。 克 山病 流 行 地域 の飲 料 水 中の 元 素 に 関 す る報 告9), そ の結 果,克
山病 と マ ン ガ ン元 素(Mn)の
過 剰 と の 関係
の報 告10),克 山病 患 者 の 血清 中 のMn,銅(Cu),ク (Cr),モ
リブデ ン(Mo)の
ロム
濃度 に つい て の 報 告11),克 山
病患 者 の 頭 髪 中 元 素 濃 度 につ い て の 報 告12)等,元
素の
過 不 足 と病 因 との関 係 の 研究 も多 くな って きた 。 この観 点 か ら,著 者 らは 生 物 学 的 モ ニ タ リン グに使 用 が 可 能 な
が 克 山 病 患 者)と,同
児11名,平
均 年 齢7.7才)の 頭 髪 を採 集 し
頭髪試料の洗浄
実 験 に 供 す る 頭 髪 の 前 処 理 と して,洗 性 界 面 活 性 剤"ノ
ニ オ ンNS
206
う 洗 浄 さ せ た 後,脱
液 中 で 約10分
紙 上 に て 自然 乾 燥 さ せ た 。
頭髪試料の溶解
洗 浄 処 理 後 の 頭 髪 試 料500mgを ラス管 にい れ,硝 酸(HNO3)2ml,過
した。
2mlを
目盛 り付 き分 解 用 ガ 酸化 水 素水(H2O3)
加 え80℃ 位 に加 熱 溶 解 を し,さ らに,脱 イ オ ン
水 を加 え,5mlと
した 。 こ こか ら2mlをSe分
取 した 。 残 液3mlをICP(プ
1984年 か ら1986年 の3年 間,中 国 遼 寧省 医 学 科 学 院基
析用に分
ラ ズ マ発 光 分 光 分 析 機)測
定 用 に した。ICP測 定 用 残液3mlにHNO3を
(1) 頭 髪 試 料 収集
間振 と
イ オ ン 水 で す す い で か ら ア セ ト ン液
中 に 短 時 間 浸 し て,濾
頭髪 を用 い て,頭 髪 中 微 量元 素 濃 度 を 比較 検 討 す る事 と
研究方 法
浄 に は非 イオ ン
(Polyoxy-ethylene-
octylphenol-ether)"の0.001%溶
(3)
省非流行地
加え ブロッ
ク ヒー タ にて130℃ 位 で加 熱 した 。 さ らに,H2O2を
滴下
礎 医学 研 究 所 の李 芳 生 教 授 らが,雲 南 省 の重 病 地 区 で あ
させ な が ら完 全 に 溶解 させ,乾 固直 前 まで 蒸発 させ た 。
る楚 雄 州 にて栄 養 調 査 を行 った 時 に得 た 頭髪 試 料で あ る。
放 冷 後0.1N
本調 査 で は1才 か ら14才 まで の小 児 を 対 象 に臨 床 検 査 を
調 整 し,ICP測
行 い,そ の1部 を 当方 に 送 って いた だ い た。 この 地 域 の
(4) ICPに よ る多 元素 同 時 分 析
自然 条 件 はTable 1に 示 した が,人
口の移 動 が 少 な く高
原性 気 候 で 住 民 の主 食 は 米 で あ り,疏 菜類 も多 い が 病 区 Table 1
Geographical
aspects of Keshan
disease prevalent
HNO3を
加 え,20倍 希 釈 液 と50倍 希 釈 液 を
定用 試 料 と した 。
元 素標 準 液 を 低 濃度 用 と高 濃 度用 の両 方 に作 成 し,検 量 線 を作 って15元 素 の 同時 分 析 を行 った 。 先ず,50倍 and non-prevalent
districts
in Yunnan
province
希
in China
太 田 ・中野 ・松 本:克 山 病 流行 地 区 居 住 者 の頭 髪 中 微 量元 素 濃 度 に 関す る検 討 釈 液 でCa,Mg,P,Zn,Na,K等
の 主要 元 素 を測 定 し,20
計 数 を差 し引 いてHgの
み を算 出 した。 この 際 用 いた 水
倍 希 釈 液 に て低 濃 度 微量 元 素 を測 定 した。
銀 標 準 試 料 は濾 紙 に滴 下 後,Hgの
(5) 蛍 光 分析 法 に よ る セ レ ン濃 度測 定14)
%(W/V)チ
上述 の(3)で 分け たSe測 定 用 の2ml溶 を加 えて さ らに湿 式 灰 化 後,HNO3を
液 にHNO3とH2O2 完 全 に 除去 し,塩
酸(HCI)で 還 元 して 亜 レセ ン酸(H2SeO3)と
した後,2,3-
ジ ア ミノナ フタ レン と反 応 させ て シ クロ ヘ キサ ンで抽 出 し蛍 光 強 度 を測 定 した 。
ン袋 に2重 に封 入 した の を使 用 した 。頭 髪 標 準試 料 に対 して は 両 者 の分 析 法 を 適用 して,分 析 法 の相 違 に よる結 果 の 差 の 有無 を検 討 した 。 (7) 頭 髪 標準 試 料 の 分 析
同時 に分 析 した 。 日本 人 の 頭 髪NIES標
二 つ の 分析 法 を適 用 した。 即 ち,加 熱 気 化 法 で31試 料 国 人6名,頭
髪 標 準試 料3),中
射 化 分 析 法 で35試 料(日 本 人13名,中 準 試 料3)で
気 散 を防 ぐた め に1
オ ア セ トア ミ ド100μlを添 加 して ポ リエ チ レ
試 料 の 分析 値 の正 確 さを検 討 す るた め頭 髪 標 準試 料 を
(6) 水 銀(Hg)の 分 析
(日本 人22名,中
〔813〕
性子放
国 人19名,頭
髪標
あ る。 分 析 法 の 違 い に よ る値 の 差 を 見 るた
め に両 方法 を適 用 した もの で あ る。前 者 は 石 英 ボ ー ド上 に試 料 を のせ 電 気 炉 の 中で 加 熱 し,原 子 化 した 水銀 を水 銀 捕 集剤 と して 金 を もち いて 捕 集 す る。 次 い で加 熱 して
(国立 環 境研 究 所 製),及
頭 髪 標 準 試 料SINR-1,C164(上 Research, Academia
準 試 料"頭 髪"
び 中国 人 頭髪 を用 い て作 成 した 海,Institute
of Nuclear
Sinica製)で あ る。
結
果
(1) 頭 髪 中 微量 元 素 濃 度 ICPに よ り測 定 した16元 素 及 びSe,Hgの
定 量値 の平 均
発 生 したHg0を 吸 収 管 に 導 い て測 定 す る方 式 で あ る。 後
濃 度を表2に 示 した(X±S.D.)。Se,Ni,Mg,Na,Ca,Cr,
者 は 熱 中 性 子 束 密 度8×1013n/cm2・Secで10分
Hg等 は 流 行地 区居 住 者 の 方 が濃 度 が低 か った 。Pbは 克
て203Hgの
γ線279KeVを5000秒,Ge(Li)測
した 。75Se(280KeV)の
間照射 し 定器で測定
γ線 ピー クが あ る時 は,そ の寄 与
山病流 行地 区居 住 者 のみ が2倍 以 上 と濃 度 が 高 くMn,Al, Feは 中国 両 地 区住 民 の 値 が 日本 国居 住 者 の値 よ り高 く,
Table 2 Concentration of trace elements in hair from children living in a Keshan disease district in China and in hair from Japanese children living in the city of
Tsukuba
(X±S.D.)
〔814〕
Mnは
日衛 誌(Jpn.J.Hyg.)第47巻
第4号1992年10月
約30倍 も中国 両 地 区居 住 者 の 方 が 多か った 。Niは
考
2名 の克 山 病 患者 を含 む8名 の 流 行 地 区居 住 者 が 検 出 限 界値 以 下 で,1名
だけ が 検 出 され た 。 同 じ く非 流 行地 区
で は10名 中5名,日
本 人 は35名 中10名 が検 出 され ず,克
察
(1) Se濃 度 の 比較 2名 の 克 山病 患 者及 び 流 行 地 区 居 住 者7名
のSe濃 度
山 病 に 特 異 的 とは 云 い 難 い がNiの 生 体 作用 の 知 見 を さ
は低 く,本 疾 病 が セ レン欠 乏 に よ る こ とを示 唆 した。Se
らに 必 要 と した 。Cd,Cu,Sr等
の体 外 排 泄 は 尿 中で あ るに も拘 らず 頭 髪 へ の移 行 も僅 か
は両 地 区 殆 ど同 程 度 の
度 に つ いて は,加 熱 気 化 法 と 中性
に あ る こ とを 示 して い る。 著 者 らの報 文15)の 「生 活 環
子放 射 化 分 析方 の両 方 法 を適 用 した 試料 の値 は ほ ぼ一 致
境 の 異 な る世 界 の約10ヵ 国 の 住 人 の頭 髪 中Se濃 度 」 と
して いた 。 こ こで,日 本 人 の試 料 に は女 子 が含 まれ て い
比 較 す る と 日本 人 のSe濃 度 平 均 が0.6μg/g(n=116)で
るので 元 素濃 度 の 性差 をみ る と,Ca,Mg,Al,Mn,Pb,
あ った 値 と本 報 告 の 日本 人 小 児 のSe濃 度 と一 致 す る。
濃度 で あ った。Hg濃
Cd,Tiは
平 均 値 が 約2倍 女 子 の 方 が多 く,Srは4倍
も
又,移
民 と して パ ラ グ ア イ に 長 年 住 んで い る 日本 人 は
多 か った 。 しか し,こ れ らの点 につ い て は よ り多 くの試
0.39μg/g(n=35),フ
料 に つい て の検 討 が 必 要 と考 え る。
象 牙 海 岸 国 人 は0.35μg/g(n=34),ブ
(2)
(n=55)等
頭 髪 中 セ レン濃 度
克 山 病 流 行 地 区 居 住 者 の 頭 髪 のSe平 0.018μg/g(男
児9名,平
均 濃 度 は0.086±
均 年 齢5.9才,1才
B(4才)は0.099μg/gで
あ るが,他
の 者 は,0.096,0.048,
0.088,0.086,0.115,0.090,0.080μg/gで て,患
者
者 と同地 区居 住 者 は 同程 度 で あ った。 非 流 行地 区
は0.25±0.087μg/g(男
児10名,平
均 年 齢7.4才,5才
度 に 関 す る 諸 報 告 と 比 較 す る と,
亜 セ レ ン 酸 投 与 に よ る克 山 病 予 防 に つ い て の 実 験 報 告16) に み ら れ る よ う に 亜 セ レ ン 酸 投 与 前 の 子 供 の 頭 髪 中Se 濃 度 は2才
あ った 。従 っ
8才
な い し6才
の グ ル ー プ で は0.081±0.008μg/g,
な い し11才 の グル ー プ で は0.084±0.005と
者 ら の 値0.086±0.018μg/gと
重 病 区 の 児 童 頭 髪 のSe濃
0.69±0.14μg/g(男
投 与 後 は0.22μg/gと
児24名,女
児11名,平
な い し13才 の 範 囲)こ れ ら の 値 か ら,流
均 年 齢7.7才, 行 地 区 のSe
度 は,Se投
な っ た 。 ま た,雲
濃 度 は 明 ら か に 低 か っ た 。 日本 人 の 試 料 に は 女 子 が 含 ま
れ て い るの で 性 差 を 見 る と,男 児 平 均 値 は0.71±0.18
で0.17±0.09μg/g(n=335),楚
(n=19)μg/g,女
(n=89),非
殆ど
同程 度 で あ った。
頭髪 標 準 試 料 の分 析 値 を表3に 示 した 。 中国 製 試料2
毛 は0.162
雄 市 で0.12±0.08μg/g
流 行 地 区 の 墨 江県 で は0.30±0.10(n=60) 度 は 著 者 ら の値
と ほ ぼ 一 致 して い る 。 さ ら に 流 行 地 区 の 児 童 と 成 人 を 比 較 す る と,児
童 のSe濃
度 は0.13±0.06μg/g(n=46,14
種 類 の結 果 は互 い に一 致 して い た 。 しか しNa濃 度 が 高
才 以 下),成
い の は使 用 した頭 髪 の 洗浄 剤 中 にNaが 多 く含 有 され て,
で あ った 。
洗浄 中 にNaが
(2) Se以 外 に 検 出 され た16元 素 濃 度
毛髪 に外 部 付 着 を した も の と考 え る。 日
南省 克 山 病流 行
頭 髪 につ い て は流 行地 区 で あ る牟定 具
と 報 告 さ れ て い る 。 非 流 行 地 区 のSe濃
(3) 頭 髪 標 準 試料 の 元 素 濃 度
よ る と,
与 前 が0.08μg/g,Se
地 区 の 猪 毛 中 のSe濃 度 は0.143±0.0369μg/g,牛 ±0.042μg/g,人
児 は0.69±0.13(n=11)μg/gで
あ り,著
一 致 して い る。 衛 生 部 地
方 病 防 治 局 編 の 克 山 病 総 合 性 科 学 考 察 文 集13)に
な い し11才 の 範 囲)で あ っ た 。 日本 人 幼 児 童 に つ い て は,
4才
ラ ジ ル 人 は0.46μg/g
僅 か で あ るが 濃 度 差 が認 め られ て い る。 克 山
病 患 者 の 頭 髪 中Se濃
な い し13
才 の 範 囲)で あ っ た 。 患 者A(13才)は0.075μg/g,患
ラ ン ス 人 は0.39μg/g(n=65),
人 は0.15±0.08μg/g(n=226,14才
以 上)
本 製NIES標 準 試 料 の公 表値 と著 者 らの 結 果 を 比 較 す る
常 量 必須 元 素で あ る マ グネ シ ュ ウム(Mg)及 び カル シ ュ
と微 量 元 素 に 関 して は ほ ぼ一 致 して い た。 主 要 元 素 に 関
ウム(Ca)が 流 行 地 区 で低 か った こ とは 栄 養 不 足 との 関
して は著者 らの分析 値 の方 が少 し低 か った。 ここで,Mg,
係 が考 え られ る。 これ らはMg2+,Ca2+と
Fe,Al,Mn,Tiの
通 して細 胞 内 外 へ移 動 し生体 内で 種 々の生 理 作 用 を して
値 は 公 表 値 と の差 が 大 で あ った が,
して細 胞 膜 を
これ らの 元 素 は標 準 試 料 作成 中 に使 用 した メ ノ ウ製容 器
い る。 生 体 内 に存 在 す るMg2+の
か らの汚 染 に よ る もの で あ り,頭 髪 の値 と して 参 照 で き
燐 酸 塩 と な って骨 格 中 に存 在 してい る。心 臓 疾 患 者 の血
な い 。Hgに
清 中 のCa2+対Mg2+の
つ い て は放 射 化 分 析 値 を採 用 した が,加 熱
気化 法 に よ る分 析 値 と一 致 して い た 。
半 分 以 上 はCa2+と 共 に
比 が3以 上 に な ると死 亡 率 が高 く
な る17)と言 うこ とか らMg2+の
不 足 に よ り心 臓疾 患 や 脳
卒 中 に な る危 険 性 が 指 摘 され て もい る。 一 方,Mg2+の 存 在 に よって著 しく酵素 活性 を発揮 す る酵 素 があ り,Mg2+ は酵 素 反 応 に お け る補 酵 素 と して の 挙 動 を示 し,細 胞 内
太 田 ・中野 ・松 本:克 山病 流 行 地 区居 住 者 の 頭髪 中微 量 元 素濃 度 に 関 す る検 討 Table 3
Analytical
values of reference
material
"Human
〔815〕
Hair"
部 の 構造 を安 定 化 させ る役 割 を担 ってい る元 素 で あ る。
や体 液 中 に低 濃 度 だ が 広 く存 在 して い る し,生 体 に と っ
この よ うな点 か ら克 山 病 が心 疾患 の症 状 を呈 す る こと と,
て必 須 元素 で あ る。Niは 植 物 性 食 品 に 多 く含 まれ 経 口
Mgの
では 吸 収 率 が低 く毒 性 は 弱 い。 流 行地 区 のみ に 高濃 度 で
欠乏 とは 関係 があ ると も考 え られ る。Table 2のNa,
Mg,Ca濃
度 が,克 山病 流 行地 の み が低 い点,本 疾 病 の
あ った鉛(Pb)お
よび チ タ ン(Ti)に 関 して は そ の 生 体 影
原 因 と常 量 必 須 元 素 の欠 乏 とに 関係 があ る こ とを示 唆 し
響 が克 山病 に 関係 す るの か否 か難 しい と考 え る。Mn,Al,
て い る。 次 ぎに 微 量 元 素 に 関 して 考 察 す る と,ク
Fe等 の 微 量 重 金 属 は 流 行 地 区及 び 非流 行 地 区 共 に 中 国
(Cr),ニ
ロム
ッケ ル(Ni)濃 度 が流 行 地 区 で は低 か った 。Cr
と克 山 病 と の 関 係 に 注 目 して 放 射 性51Crを Na51CrO4を
標 識 した
ネ ズ ミに 投 与 して,代 謝,排 泄 に 関 す る ト
の方 が 高 濃 度 で あ った 。Mnは
約30倍 も多 か った 。Mn
に着 目 した研 究 は 孟究 ら10)が既 に進 め て い る。 即 ち, 黒 龍 江 省克 山病 研 究所 では30年 前 に克 山 県 と北安 県 の 飲
レー サ ー実 験 を行 っ た報 告18)が あ る 。Crは 糖 質 とエ ネ
用 水 を 調査 した結 果,流 行 病 地域 の 水 中Mnの
ル ギ ー代 謝 に 必 要 な酵 素 の 働 きを促 進 す る作 用,脂 肪 酸
高 か った ことか ら始 ま って い る。例 えば,流 行 地 区 の 水
と コ レス テ ロー ル の合 成 を 促進 す る作 用 等 生体 へ の 重 要
中Mnは0.62な
な 作 用 を も って お り,必 須 微 量 元 素 で あ る19)。 リ ンパ
で あ った 。 土 壌 中Mnも
い し1.02mg/l,非
腺 や肺 に高 濃 度 に存 在 し,穀 物 類 が最 大 の ク ロム摂 取 源
1185ppm,非
との こ とで あ る。 既 に文 献18)の よ うにCrに 着 眼 した 研
居 住 者 の 頭 髪 中Mn濃
究 もあ るが,克 山病 との 関 係 は 明 らか で な い。 ニ ッケ ル
あ っ た 。 さ ら に,ラ
(Ni)は 流 行 地 区 で は1名 が0.13μg/gで 他 の 克 山 病 患 者
中Glutathione
2名 を含 む8名 は検 出 限 界値 以下 で あ った。 非 流 行 地 区
血 清 中 及 び 心 筋 中 のSe含
流行 地 区で は0.2mg/l
四川省 の克山病流 行地区 では
流 行 地 区 は270.8ppmで
る 。 さ ら に,克
は35名 中10名 が 検 出限 界 値 以下 で あ った。Niは 動 物 組織
た 報 告12)も
あ った 。 流 行 地 区
度 は 男 性6.9ppm,女 ッ ト にMnCl2を
Peroxidaseは
は10名 中5名 が検 出限 界値 以下 で あ った 。 日本 人 幼 児 童
性20ppmで
注 射10)し
た 後,血
減 少 し た と の こ と,ま
た,
有 量 も 減 少 した と の こ と で あ
山 病 患 者 の 頭 髪 中20元
あ る が,著
含有量が
素 をICPで
者 ら の 結 果 の 表2の
測定 し
元素以外 に
〔816〕
日衛 誌(Jpn.J.Hyg.)第47巻
リチ ュ ウム(Li),コ 素(As)の4元
バル ト(Co),バ
ナ ジ ュ ウム(V),ひ
第4号1992年10月
省 地 区 で の調 査 で 収集 した の を提 供 して い た だ いた 。 同
素 も分 析 され て い た 。 この 報 告 の 分 析 は
時 に 克 山病 に関 す る知 見 をお 教 え下 さ った 事 に厚 く感 謝
日本 の某 研 究 所 が担 当 して い る が著 者 らの値 と比 較 す る
の 意 を表 す る。 また,克 山病 に 関 す る文 献 収集 に ご協 力
と,カ リ ウム(K)以 外 の 元 素 は すべ て 著 者 らの 値 の 方 が
い た だ い た上 海 医 科 大学 中山 医 院 の戴 豪 良 講 師 に感 謝 の
高 か った。 分 析 に使 用 した 頭髪 の患 者 居 住地 区の 違 い及
意 を 表 す る。
び 分析 技 術 上 の 差等 が考 え られ る。 本 報 告で は,中 国 人
文
の 頭髪 標 準 試 料 を分 析 した こ と,及 び 当研 究 所 で 作 成 し た 日本 人 頭 髪 標 準 試 料(NIES)分
析 値 との 比 較 が 出来 た
1) 汪
こ とは幸 い で あ った。
国 芹:从
献
流 行 病 学 採 対 克 山 病 病 因,医
学 通 訊,15,
297-302(1986).
克 山病 の 病 因 も単 一 で は な い と考 え られ る が,近 年 は
2) Li F. S., Guan J. Y., Zou L. M., Duan Y. J., Ma P.,
予 防 対策 を と って い るた め か患 者 は減 少 した との こ とで
Sun Q.,
あ る。本 報 告 は,頭 髪 中 微 量元 素 の 過 不 足 よ り病 因 を検
molecular
討 した が,そ れ は排 せ つ 機 能 を持 つ頭 髪 へ の移 行 元 素 を
mechanism of Keshan disease-An endemic cardiomyo-
対 象 と した もの で あ る。 この よ うに健 康 指標 と して の 頭
pathy with membrane damage in mitochondria caused
髪 の利 点 を検 討 す る こ とが で きた。
possibly by deficiency of selenium and phospholipid,
結
(Editors:
齢7.4才),日
な い し13
と4才 の2名 は克 山 病患 者),
同省 非 流 行 地 区 の 男児10名(5才
な い し11才,平 均 年
郭 可 大:三
十年来克山病病因真菌毒素 中毒学説的
中国 医 学 科 学 院 克 山 病 研 究 隊:從 克 山病 的 流行 特
西安 医 学 院 克 山病 研 究 室:亜 晒 酸 銅 予 防克 山病 急 性
李芳 生,関 金 陽,李 立,趙 玉華,白 謙福:克 山 病 患 兒紅 細 胞 及 血漿 的晒 量 及 脂質 組 成 的 改 変及 其 發病学
究知 見 が 待 た れ る。
意 又,栄 養 学報,4,221-226(1982).
克 山病 流 行 地 区 及 び非 流 行 地 区共 に
8)
李 芳 生,白
謙 福,喬
有 江,関
中 国 居 住 者 の 方 が 日 本 人 よ り高 濃 度 で あ っ た 。Mnは
李 立:患
約30倍
察 文 集(1979-1982),p.338-344,人
(4)
も多 か った。
克 山 病 が セ レ ン 欠 乏 と 関 係 して い る こ と を 確 認 す る こ と が 出 来 た 。 即 ち,克
者 の 頭 髪 中Se平
山病 患 者 を 含 む流 行 地 区 居住
均 濃 度 は0.086±0.018μg/g,非
地 区 で は0.25±0.087μg/gで 幼 児 童(つ
山病心肌病
發病 効 果観 察,中 華 医 学 雑誌,59,457(1979). 7)
くにNiの 生 体 作 用 に つ い て は 今 後 の研
Mn,Al,Feは
恵,呉 振 鋒:克
(1979). 6)
P,Ti等 で あ っ た。 常 量 必 須 元 素 の低 濃 度 は栄 養 の低
(3)
谷 伯 起,李 相 忠,曽憲
点討論 晒和 克山病 病因 的美係,中 華医学 雑誌,59,451
病流行地 区のみ が低濃 度で あ った元素 はSe,Ni,Mg,Ca,
の低 濃 度,と
and Health"
研究 概 況,医 学研 究 通 訊,15,289-294(1986). 5)
下 との 関 係 が 考 え られ るが,微 量 元 素 で あ るNi,Cr
Life Elements
Tan J., P. J. Peterson, Li R. and Wang
153-156(1984). 4)
(2) 検 出 され た18元 素 に つ い て濃 度 比 較 を行 った 。 克山 で あ った 。 また,高 濃度 で あ った 元素 はPb,
and pathogenetic
変光 学顕 微鏡 与電鏡 対 比観 察,中 国地 方病 学雑 誌,3,
頭髪 中微 量 元 素濃 度 を分 析 して 元 素 濃 度 の多 少 か ら克 山病 との 関 係 を検 討 した 。
features
W .), 263-270, Science Press, Beijing (1990). 3)
本 国 つ くば 市居 住 の男 児 及 び女 児 計35名
(4才 な い し13才,平 均 年 齢7.7才)の 頭 髪 を収 集 し,
Na,Cr等
Li S. Y. and Chang Z. L.; The
biological
In "Environmental
語
(1) 中国雲 南 省克 山 病流 行 地 区の 男児9名(1才 才,平 均年 齢5.9才,13才
Li L.,
流行
あ り明 らか
辞
克山病流行地区及び非流行地区居住者の頭髪試料は, 中国遼寧省医学科学院基礎医学研究所李芳生教授が雲南
河 北 省 地 方 病 防 治 研 究 所:飲 山 病 病 因観 係 的 研 究,中
玉 華, 学考
民 ヱ 生 出 版 社,
水 中 某 些 元 素缺 乏 与 克
国 地 方 病 学 雑 誌,5,210-213
(1986). 10)
に 流行 地 区 は低 濃 度 で あ った。
謝
有 金,趙
北 京(1984). 9)
あ った 。 同年 代 の 日本 人
く ば 市)は,0.69±0.14μg/gで
金 陽,殷
兒 紅 細 胞 脂 質 膜 構 成 改 変 及 其 意 又,科
孟憲 患,于
維漢:孟
与 克 山 病,中
国 地 方 病 学 雑 誌,4,
283-284(1985). 11)
周葆 初,曽 各,目
12)
紹娟,于
的 水 平,中
曽 紹娟,周葆
維漢:克
国 地 方 病 学 雑 誌,1,26-29(1982).
初,于
20種 元 素 含 量,中
山 病 人 血 清 中 銅,孟,
維漢:ICP測
試 克 山 病 人頭 髪 中
国 地 方 病 学 雑 誌,4,358-361(1985).
太 田 ・中野 ・松 本:克 山病 流 行 地 区居 住 者 の 頭 髪 中微 量 元 素 濃度 に関 す る検討 13)
衛 生 部 地 方 病 防 治 局 編:楚 文 集(1984-1986),人
14)
田 村 行 弘,真
雄 克 山 病 総 合性 科 学 考 察
民 衛 生 出 版 社,北
木 俊 夫,嶋
村 保 洋,落
16)
垣 進:
17)
64-71,篠
15) Ohta, M.:
原 出 版,東
Y., Nakano, Comparison
from different 76Se(n
Chem.,
,γ)77m
井 玄,井
Se
reaction,
114, 75-82 (1987).
in human hair
Radioanal.
countries, Nucl.
晒 酸銅 強化 食 蓋予 防
体 中 に 存 在 す る常 量 必 須 元 素 の 機 能(II),
Times,
4,90-93(1989).
保 安,券
引:克
山 病 病 区粮 飼養 大 鼠 対 国 地 方 病 学 雑 誌,2,86-88
(1986).
M. and Matsumoto,
in different J.
光圻:用亞
国 地 方 病 学 雑 誌,3,204-208(1984).
51各 代 謝 的 示 踪 実 験 研 究 ,中
of selenium content individuals
弘:生
18) 呉 恵 民,康
村 伸 正 編),p.
京(1977).
A., Hoshi,
今井 Chem.
生 体 試 料 中 の 総 水 銀 ・メ チ ル 水 銀 ・セ レ ン の 分 析 法, 水 銀 と セ レ ン(鈴 木 継 美,大
文 濤,楊
克 山 病 的 研 究,中
京(1988).
合 節 子,西
対勝杰,于
〔817〕
by
19)
糸 川 嘉 則:生
体 微 量 金 属 の 話,p.261,自
然 の 友 社,
東 京(1984). (受 付1991年9月10日
受 理1992年5月11日)
克山病流行地 区居住者 の頭髪 中微量元素濃度 に関す る検討 太
田
庸 起 子*1,中
野
*1国 立 環 境 研 究 所 ,*2国
Concentration Children
Yukiko
浩*2,松
in a Keshan
Atsuhiro
本
理*1
立 水 俣 病研 究 セ ン ター
of Trace Elements
Living
Ohta*1,
篤
Disease
Nakano*2
and
in Hair District
Michi
from in China
Matsumoto*1
*1National Institute for Environmental Studies , Tsukuba *2National Institute for Minamata Disease , Minamata
The hair from 9 children living in a Keshan disease prevalent
district
and from 10 children living in a Keshan
disease non-prevalent district in China was analyzed. At the same time, the hair from 35 children of the same age residing in Tsukuba district in Japan was analyzed for comparison of the concentration of essential trace elements with that of children living in the Keshan disease prevalent district. Se concentration was determined by a fluorophotometric method and 16 other elements were analyzed by ICP emission spectrometry. Hg was analyzed
by the heating
evaporation
method
and by neutron
activation
analysis.
The Se concentration
in the
hair of children living in the prevalent district was very low, being one-tenth that of the Japanese. The Ni concentration was particularly low in the prevalent district, and it determined to study more about the effects of Ni deficiency on health. In the prevalent district, Mg and Ca levels were low and those of Pb, Fe, Al, Ti were relatively high. Mn concentrations of both districts in China were very high when compared to the Japanese. The results of this study showed that the low Se concentration in Keshan disease is in agreement with previously reported data. Ecological factors, including nutrition were considered to be important in the etiology of this disease.
Key words:
Hair of Chinese children of trace elements in hair, of element concentrations
and of Japanese Se concentration,
children,
Keshan disease,
Ni concentration,
中 国及 び 日本 の 子供 の頭 髪,克 山病,頭 髪 中微 量 元 素 濃 度,セ ニ ッケ ル濃 度,元 素 濃 度 の 比較
は じめ に 克 山病 は1935年 冬 に 中国 黒 龍江 省 克 山 県 に 一種 の 奇 病
Content
Comparison レン濃度,
素(Se)の 欠 乏で あ る との精 力 的 な研 究成 果 を念 頭 に お き, セ レン以外 の元 素 濃度 の程 度 か ら地 理 的 環境,食 生 活 の 相 違 に よる差 の 比 較 も考 えて 本 研 究 を取 り上 げ た。
と して発 生 して か らこの 名 が つ け られ,中 国東 北 部 か ら
本 疾患 の特 徴 は 主 と して 心 筋壊 死 とび まん 性心 拡 張 で
西 南 部 にか け て の細 長 い ベ ル ト状 地 帯,特 に 山岳 部 や 農
拡 張 性 心筋 症 を示 してい る3)。急 性 克 山病 は 急 性 心 原 性
村 部 に 多発 した 風 土 病 で あ る1)。風 土 病 と環 境 との 関 連
シ ョッ クが表 れ,悪 心,お
を検 討 す るに 際 し,環 境 中 の有 害 物 質 及 び健 康 維 持 に 必
圧 が 降 下 し,死 亡 率 が 高 く,慢 性 に な って も予後 は 良 く
う吐,胸 内苦 悶 等 を訴 えて 血
要 な物 質 の 過 不足 即 ち栄 養状 態 な どに 着 目す る こ と も必
ない 。患 者 は11な い し12才 以 下 の小 児 や 妊娠 期 の女 性 に
要 な課 題 で あ る。 ここ にお い て著 者 らは 元素 濃 度 の 面 か
多 い 。数 十 年 来 この病 気 の 本態 と原 因 に つ い て多 くの調
ら考察 を加 え た い と考 えた 。 李 ら2)の 克 山病 が セ レ ン元
査 研 究 が な され,学 説 も種 々提 唱 され た 。一 酸 化 炭 素 中
日衛 誌(Jpn.J.Hyg.)第47巻
〔812〕
毒説(原 享 等),栄
養 説(于 維 漢 等),Virus感
染 説,真 菌
毒素 説4)等 があ り,確 実 な原 因 は 不 明で あ る。 しか し, 近 年,Se欠
乏 が起 因 して い る と い う研 究 成 果 が み と め
第4号1992年10月
に住 ん で い る人達 の飲 食 物 は 単調 で,飲 料 水 と共 に衛 生 状 態 に 差 が あ った13)。1960年 に楚 雄 市 に 克 山 病 が 流 行 して以 来,1965年
に も大 流 行 が あ り,次 い で1968∼1970
られて きた5)。克 山 病 は 臨床 上,動 物 のSe欠 乏 と関係 の
年 で あ った 。 重 病 区で の 死 亡 率 は98%で あ った。 夏 と秋
あ る 白筋 症 と類 似 して い る こと に着 目 し患 者 を検 査 した
に 多発 しそ の 年齢 は3な い し5才 が54.1%,最
結果,そ
の頭 髪 と血液 中 のSe濃 度 が低 く,さ らに,Se
投 与 を して予 防 措 置 を した と こ ろ効 果 が 良 か っ た5,6)。
年 少 は4
ヵ月,最 高 年 齢 は48才 で あ った。 本 研 究 に用 い た 試 料 は 雲 南省 克 山 病 流行 地 区 の1才 か ら13才 に わ た る男 児9名
本疾 病 及 び カシ ンベ ック氏病 共 に,流 行 地 で 産 出 され る
(平均 年 齢5.9才,2名
穀 物 及 び 野 菜 中 のSe含 有 量 が低 く,こ れ らを 食 物 に摂
区 の5才 か ら11才 に わ た る男 児10名(平 均 年 齢7.4才)の
取 して い る住 民 の 頭髪 や 血液 中のSe濃 度 は低 濃 度 で あ っ
頭 髪 で,後 頭 部 よ り採 髪 した 。他 方,同 年齢 範 囲 の 日本
た7,8)。流 行 地 域 の生 態 学 的 特 徴 と して住 民 の生 活 レベ
国 つ くば市 居 住 の4才 か ら13才 にわ た る男女 幼 児童35名,
ル が低 く蛋 白質 の摂 取 量 が不 足 して お り,か つ 農 作物 の
(男児24名,女
種 類 が 少 な い の で 偏 っ た食 事 で あ った 。 即 ちSeの 摂 取
た。
が少 ない と同 時 に他 の 栄養 素 が不 足 して い る と考 え られ
(2)
た。 克 山病 流 行 地域 の飲 料 水 中の 元 素 に 関 す る報 告9), そ の結 果,克
山病 と マ ン ガ ン元 素(Mn)の
過 剰 と の 関係
の報 告10),克 山病 患 者 の 血清 中 のMn,銅(Cu),ク (Cr),モ
リブデ ン(Mo)の
ロム
濃度 に つい て の 報 告11),克 山
病患 者 の 頭 髪 中 元 素 濃 度 につ い て の 報 告12)等,元
素の
過 不 足 と病 因 との関 係 の 研究 も多 くな って きた 。 この観 点 か ら,著 者 らは 生 物 学 的 モ ニ タ リン グに使 用 が 可 能 な
が 克 山 病 患 者)と,同
児11名,平
均 年 齢7.7才)の 頭 髪 を採 集 し
頭髪試料の洗浄
実 験 に 供 す る 頭 髪 の 前 処 理 と して,洗 性 界 面 活 性 剤"ノ
ニ オ ンNS
206
う 洗 浄 さ せ た 後,脱
液 中 で 約10分
紙 上 に て 自然 乾 燥 さ せ た 。
頭髪試料の溶解
洗 浄 処 理 後 の 頭 髪 試 料500mgを ラス管 にい れ,硝 酸(HNO3)2ml,過
した。
2mlを
目盛 り付 き分 解 用 ガ 酸化 水 素水(H2O3)
加 え80℃ 位 に加 熱 溶 解 を し,さ らに,脱 イ オ ン
水 を加 え,5mlと
した 。 こ こか ら2mlをSe分
取 した 。 残 液3mlをICP(プ
1984年 か ら1986年 の3年 間,中 国 遼 寧省 医 学 科 学 院基
析用に分
ラ ズ マ発 光 分 光 分 析 機)測
定 用 に した。ICP測 定 用 残液3mlにHNO3を
(1) 頭 髪 試 料 収集
間振 と
イ オ ン 水 で す す い で か ら ア セ ト ン液
中 に 短 時 間 浸 し て,濾
頭髪 を用 い て,頭 髪 中 微 量元 素 濃 度 を 比較 検 討 す る事 と
研究方 法
浄 に は非 イオ ン
(Polyoxy-ethylene-
octylphenol-ether)"の0.001%溶
(3)
省非流行地
加え ブロッ
ク ヒー タ にて130℃ 位 で加 熱 した 。 さ らに,H2O2を
滴下
礎 医学 研 究 所 の李 芳 生 教 授 らが,雲 南 省 の重 病 地 区 で あ
させ な が ら完 全 に 溶解 させ,乾 固直 前 まで 蒸発 させ た 。
る楚 雄 州 にて栄 養 調 査 を行 った 時 に得 た 頭髪 試 料で あ る。
放 冷 後0.1N
本調 査 で は1才 か ら14才 まで の小 児 を 対 象 に臨 床 検 査 を
調 整 し,ICP測
行 い,そ の1部 を 当方 に 送 って いた だ い た。 この 地 域 の
(4) ICPに よ る多 元素 同 時 分 析
自然 条 件 はTable 1に 示 した が,人
口の移 動 が 少 な く高
原性 気 候 で 住 民 の主 食 は 米 で あ り,疏 菜類 も多 い が 病 区 Table 1
Geographical
aspects of Keshan
disease prevalent
HNO3を
加 え,20倍 希 釈 液 と50倍 希 釈 液 を
定用 試 料 と した 。
元 素標 準 液 を 低 濃度 用 と高 濃 度用 の両 方 に作 成 し,検 量 線 を作 って15元 素 の 同時 分 析 を行 った 。 先ず,50倍 and non-prevalent
districts
in Yunnan
province
希
in China
太 田 ・中野 ・松 本:克 山 病 流行 地 区 居 住 者 の頭 髪 中 微 量元 素 濃 度 に 関す る検 討 釈 液 でCa,Mg,P,Zn,Na,K等
の 主要 元 素 を測 定 し,20
計 数 を差 し引 いてHgの
み を算 出 した。 この 際 用 いた 水
倍 希 釈 液 に て低 濃 度 微量 元 素 を測 定 した。
銀 標 準 試 料 は濾 紙 に滴 下 後,Hgの
(5) 蛍 光 分析 法 に よ る セ レ ン濃 度測 定14)
%(W/V)チ
上述 の(3)で 分け たSe測 定 用 の2ml溶 を加 えて さ らに湿 式 灰 化 後,HNO3を
液 にHNO3とH2O2 完 全 に 除去 し,塩
酸(HCI)で 還 元 して 亜 レセ ン酸(H2SeO3)と
した後,2,3-
ジ ア ミノナ フタ レン と反 応 させ て シ クロ ヘ キサ ンで抽 出 し蛍 光 強 度 を測 定 した 。
ン袋 に2重 に封 入 した の を使 用 した 。頭 髪 標 準試 料 に対 して は 両 者 の分 析 法 を 適用 して,分 析 法 の相 違 に よる結 果 の 差 の 有無 を検 討 した 。 (7) 頭 髪 標準 試 料 の 分 析
同時 に分 析 した 。 日本 人 の 頭 髪NIES標
二 つ の 分析 法 を適 用 した。 即 ち,加 熱 気 化 法 で31試 料 国 人6名,頭
髪 標 準試 料3),中
射 化 分 析 法 で35試 料(日 本 人13名,中 準 試 料3)で
気 散 を防 ぐた め に1
オ ア セ トア ミ ド100μlを添 加 して ポ リエ チ レ
試 料 の 分析 値 の正 確 さを検 討 す るた め頭 髪 標 準試 料 を
(6) 水 銀(Hg)の 分 析
(日本 人22名,中
〔813〕
性子放
国 人19名,頭
髪標
あ る。 分 析 法 の 違 い に よ る値 の 差 を 見 るた
め に両 方法 を適 用 した もの で あ る。前 者 は 石 英 ボ ー ド上 に試 料 を のせ 電 気 炉 の 中で 加 熱 し,原 子 化 した 水銀 を水 銀 捕 集剤 と して 金 を もち いて 捕 集 す る。 次 い で加 熱 して
(国立 環 境研 究 所 製),及
頭 髪 標 準 試 料SINR-1,C164(上 Research, Academia
準 試 料"頭 髪"
び 中国 人 頭髪 を用 い て作 成 した 海,Institute
of Nuclear
Sinica製)で あ る。
結
果
(1) 頭 髪 中 微量 元 素 濃 度 ICPに よ り測 定 した16元 素 及 びSe,Hgの
定 量値 の平 均
発 生 したHg0を 吸 収 管 に 導 い て測 定 す る方 式 で あ る。 後
濃 度を表2に 示 した(X±S.D.)。Se,Ni,Mg,Na,Ca,Cr,
者 は 熱 中 性 子 束 密 度8×1013n/cm2・Secで10分
Hg等 は 流 行地 区居 住 者 の 方 が濃 度 が低 か った 。Pbは 克
て203Hgの
γ線279KeVを5000秒,Ge(Li)測
した 。75Se(280KeV)の
間照射 し 定器で測定
γ線 ピー クが あ る時 は,そ の寄 与
山病流 行地 区居 住 者 のみ が2倍 以 上 と濃 度 が 高 くMn,Al, Feは 中国 両 地 区住 民 の 値 が 日本 国居 住 者 の値 よ り高 く,
Table 2 Concentration of trace elements in hair from children living in a Keshan disease district in China and in hair from Japanese children living in the city of
Tsukuba
(X±S.D.)
〔814〕
Mnは
日衛 誌(Jpn.J.Hyg.)第47巻
第4号1992年10月
約30倍 も中国 両 地 区居 住 者 の 方 が 多か った 。Niは
考
2名 の克 山 病 患者 を含 む8名 の 流 行 地 区居 住 者 が 検 出 限 界値 以 下 で,1名
だけ が 検 出 され た 。 同 じ く非 流 行地 区
で は10名 中5名,日
本 人 は35名 中10名 が検 出 され ず,克
察
(1) Se濃 度 の 比較 2名 の 克 山病 患 者及 び 流 行 地 区 居 住 者7名
のSe濃 度
山 病 に 特 異 的 とは 云 い 難 い がNiの 生 体 作用 の 知 見 を さ
は低 く,本 疾 病 が セ レン欠 乏 に よ る こ とを示 唆 した。Se
らに 必 要 と した 。Cd,Cu,Sr等
の体 外 排 泄 は 尿 中で あ るに も拘 らず 頭 髪 へ の移 行 も僅 か
は両 地 区 殆 ど同 程 度 の
度 に つ いて は,加 熱 気 化 法 と 中性
に あ る こ とを 示 して い る。 著 者 らの報 文15)の 「生 活 環
子放 射 化 分 析方 の両 方 法 を適 用 した 試料 の値 は ほ ぼ一 致
境 の 異 な る世 界 の約10ヵ 国 の 住 人 の頭 髪 中Se濃 度 」 と
して いた 。 こ こで,日 本 人 の試 料 に は女 子 が含 まれ て い
比 較 す る と 日本 人 のSe濃 度 平 均 が0.6μg/g(n=116)で
るので 元 素濃 度 の 性差 をみ る と,Ca,Mg,Al,Mn,Pb,
あ った 値 と本 報 告 の 日本 人 小 児 のSe濃 度 と一 致 す る。
濃度 で あ った。Hg濃
Cd,Tiは
平 均 値 が 約2倍 女 子 の 方 が多 く,Srは4倍
も
又,移
民 と して パ ラ グ ア イ に 長 年 住 んで い る 日本 人 は
多 か った 。 しか し,こ れ らの点 につ い て は よ り多 くの試
0.39μg/g(n=35),フ
料 に つい て の検 討 が 必 要 と考 え る。
象 牙 海 岸 国 人 は0.35μg/g(n=34),ブ
(2)
(n=55)等
頭 髪 中 セ レン濃 度
克 山 病 流 行 地 区 居 住 者 の 頭 髪 のSe平 0.018μg/g(男
児9名,平
均 濃 度 は0.086±
均 年 齢5.9才,1才
B(4才)は0.099μg/gで
あ るが,他
の 者 は,0.096,0.048,
0.088,0.086,0.115,0.090,0.080μg/gで て,患
者
者 と同地 区居 住 者 は 同程 度 で あ った。 非 流 行地 区
は0.25±0.087μg/g(男
児10名,平
均 年 齢7.4才,5才
度 に 関 す る 諸 報 告 と 比 較 す る と,
亜 セ レ ン 酸 投 与 に よ る克 山 病 予 防 に つ い て の 実 験 報 告16) に み ら れ る よ う に 亜 セ レ ン 酸 投 与 前 の 子 供 の 頭 髪 中Se 濃 度 は2才
あ った 。従 っ
8才
な い し6才
の グ ル ー プ で は0.081±0.008μg/g,
な い し11才 の グル ー プ で は0.084±0.005と
者 ら の 値0.086±0.018μg/gと
重 病 区 の 児 童 頭 髪 のSe濃
0.69±0.14μg/g(男
投 与 後 は0.22μg/gと
児24名,女
児11名,平
な い し13才 の 範 囲)こ れ ら の 値 か ら,流
均 年 齢7.7才, 行 地 区 のSe
度 は,Se投
な っ た 。 ま た,雲
濃 度 は 明 ら か に 低 か っ た 。 日本 人 の 試 料 に は 女 子 が 含 ま
れ て い るの で 性 差 を 見 る と,男 児 平 均 値 は0.71±0.18
で0.17±0.09μg/g(n=335),楚
(n=19)μg/g,女
(n=89),非
殆ど
同程 度 で あ った。
頭髪 標 準 試 料 の分 析 値 を表3に 示 した 。 中国 製 試料2
毛 は0.162
雄 市 で0.12±0.08μg/g
流 行 地 区 の 墨 江県 で は0.30±0.10(n=60) 度 は 著 者 ら の値
と ほ ぼ 一 致 して い る 。 さ ら に 流 行 地 区 の 児 童 と 成 人 を 比 較 す る と,児
童 のSe濃
度 は0.13±0.06μg/g(n=46,14
種 類 の結 果 は互 い に一 致 して い た 。 しか しNa濃 度 が 高
才 以 下),成
い の は使 用 した頭 髪 の 洗浄 剤 中 にNaが 多 く含 有 され て,
で あ った 。
洗浄 中 にNaが
(2) Se以 外 に 検 出 され た16元 素 濃 度
毛髪 に外 部 付 着 を した も の と考 え る。 日
南省 克 山 病流 行
頭 髪 につ い て は流 行地 区 で あ る牟定 具
と 報 告 さ れ て い る 。 非 流 行 地 区 のSe濃
(3) 頭 髪 標 準 試料 の 元 素 濃 度
よ る と,
与 前 が0.08μg/g,Se
地 区 の 猪 毛 中 のSe濃 度 は0.143±0.0369μg/g,牛 ±0.042μg/g,人
児 は0.69±0.13(n=11)μg/gで
あ り,著
一 致 して い る。 衛 生 部 地
方 病 防 治 局 編 の 克 山 病 総 合 性 科 学 考 察 文 集13)に
な い し11才 の 範 囲)で あ っ た 。 日本 人 幼 児 童 に つ い て は,
4才
ラ ジ ル 人 は0.46μg/g
僅 か で あ るが 濃 度 差 が認 め られ て い る。 克 山
病 患 者 の 頭 髪 中Se濃
な い し13
才 の 範 囲)で あ っ た 。 患 者A(13才)は0.075μg/g,患
ラ ン ス 人 は0.39μg/g(n=65),
人 は0.15±0.08μg/g(n=226,14才
以 上)
本 製NIES標 準 試 料 の公 表値 と著 者 らの 結 果 を 比 較 す る
常 量 必須 元 素で あ る マ グネ シ ュ ウム(Mg)及 び カル シ ュ
と微 量 元 素 に 関 して は ほ ぼ一 致 して い た。 主 要 元 素 に 関
ウム(Ca)が 流 行 地 区 で低 か った こ とは 栄 養 不 足 との 関
して は著者 らの分析 値 の方 が少 し低 か った。 ここで,Mg,
係 が考 え られ る。 これ らはMg2+,Ca2+と
Fe,Al,Mn,Tiの
通 して細 胞 内 外 へ移 動 し生体 内で 種 々の生 理 作 用 を して
値 は 公 表 値 と の差 が 大 で あ った が,
して細 胞 膜 を
これ らの 元 素 は標 準 試 料 作成 中 に使 用 した メ ノ ウ製容 器
い る。 生 体 内 に存 在 す るMg2+の
か らの汚 染 に よ る もの で あ り,頭 髪 の値 と して 参 照 で き
燐 酸 塩 と な って骨 格 中 に存 在 してい る。心 臓 疾 患 者 の血
な い 。Hgに
清 中 のCa2+対Mg2+の
つ い て は放 射 化 分 析 値 を採 用 した が,加 熱
気化 法 に よ る分 析 値 と一 致 して い た 。
半 分 以 上 はCa2+と 共 に
比 が3以 上 に な ると死 亡 率 が高 く
な る17)と言 うこ とか らMg2+の
不 足 に よ り心 臓疾 患 や 脳
卒 中 に な る危 険 性 が 指 摘 され て もい る。 一 方,Mg2+の 存 在 に よって著 しく酵素 活性 を発揮 す る酵 素 があ り,Mg2+ は酵 素 反 応 に お け る補 酵 素 と して の 挙 動 を示 し,細 胞 内
太 田 ・中野 ・松 本:克 山病 流 行 地 区居 住 者 の 頭髪 中微 量 元 素濃 度 に 関 す る検 討 Table 3
Analytical
values of reference
material
"Human
〔815〕
Hair"
部 の 構造 を安 定 化 させ る役 割 を担 ってい る元 素 で あ る。
や体 液 中 に低 濃 度 だ が 広 く存 在 して い る し,生 体 に と っ
この よ うな点 か ら克 山 病 が心 疾患 の症 状 を呈 す る こと と,
て必 須 元素 で あ る。Niは 植 物 性 食 品 に 多 く含 まれ 経 口
Mgの
では 吸 収 率 が低 く毒 性 は 弱 い。 流 行地 区 のみ に 高濃 度 で
欠乏 とは 関係 があ ると も考 え られ る。Table 2のNa,
Mg,Ca濃
度 が,克 山病 流 行地 の み が低 い点,本 疾 病 の
あ った鉛(Pb)お
よび チ タ ン(Ti)に 関 して は そ の 生 体 影
原 因 と常 量 必 須 元 素 の欠 乏 とに 関係 があ る こ とを示 唆 し
響 が克 山病 に 関係 す るの か否 か難 しい と考 え る。Mn,Al,
て い る。 次 ぎに 微 量 元 素 に 関 して 考 察 す る と,ク
Fe等 の 微 量 重 金 属 は 流 行 地 区及 び 非流 行 地 区 共 に 中 国
(Cr),ニ
ロム
ッケ ル(Ni)濃 度 が流 行 地 区 で は低 か った 。Cr
と克 山 病 と の 関 係 に 注 目 して 放 射 性51Crを Na51CrO4を
標 識 した
ネ ズ ミに 投 与 して,代 謝,排 泄 に 関 す る ト
の方 が 高 濃 度 で あ った 。Mnは
約30倍 も多 か った 。Mn
に着 目 した研 究 は 孟究 ら10)が既 に進 め て い る。 即 ち, 黒 龍 江 省克 山病 研 究所 では30年 前 に克 山 県 と北安 県 の 飲
レー サ ー実 験 を行 っ た報 告18)が あ る 。Crは 糖 質 とエ ネ
用 水 を 調査 した結 果,流 行 病 地域 の 水 中Mnの
ル ギ ー代 謝 に 必 要 な酵 素 の 働 きを促 進 す る作 用,脂 肪 酸
高 か った ことか ら始 ま って い る。例 えば,流 行 地 区 の 水
と コ レス テ ロー ル の合 成 を 促進 す る作 用 等 生体 へ の 重 要
中Mnは0.62な
な 作 用 を も って お り,必 須 微 量 元 素 で あ る19)。 リ ンパ
で あ った 。 土 壌 中Mnも
い し1.02mg/l,非
腺 や肺 に高 濃 度 に存 在 し,穀 物 類 が最 大 の ク ロム摂 取 源
1185ppm,非
との こ とで あ る。 既 に文 献18)の よ うにCrに 着 眼 した 研
居 住 者 の 頭 髪 中Mn濃
究 もあ るが,克 山病 との 関 係 は 明 らか で な い。 ニ ッケ ル
あ っ た 。 さ ら に,ラ
(Ni)は 流 行 地 区 で は1名 が0.13μg/gで 他 の 克 山 病 患 者
中Glutathione
2名 を含 む8名 は検 出 限 界値 以下 で あ った。 非 流 行 地 区
血 清 中 及 び 心 筋 中 のSe含
流行 地 区で は0.2mg/l
四川省 の克山病流 行地区 では
流 行 地 区 は270.8ppmで
る 。 さ ら に,克
は35名 中10名 が 検 出限 界 値 以下 で あ った。Niは 動 物 組織
た 報 告12)も
あ った 。 流 行 地 区
度 は 男 性6.9ppm,女 ッ ト にMnCl2を
Peroxidaseは
は10名 中5名 が検 出限 界値 以下 で あ った 。 日本 人 幼 児 童
性20ppmで
注 射10)し
た 後,血
減 少 し た と の こ と,ま
た,
有 量 も 減 少 した と の こ と で あ
山 病 患 者 の 頭 髪 中20元
あ る が,著
含有量が
素 をICPで
者 ら の 結 果 の 表2の
測定 し
元素以外 に
〔816〕
日衛 誌(Jpn.J.Hyg.)第47巻
リチ ュ ウム(Li),コ 素(As)の4元
バル ト(Co),バ
ナ ジ ュ ウム(V),ひ
第4号1992年10月
省 地 区 で の調 査 で 収集 した の を提 供 して い た だ いた 。 同
素 も分 析 され て い た 。 この 報 告 の 分 析 は
時 に 克 山病 に関 す る知 見 をお 教 え下 さ った 事 に厚 く感 謝
日本 の某 研 究 所 が担 当 して い る が著 者 らの値 と比 較 す る
の 意 を表 す る。 また,克 山病 に 関 す る文 献 収集 に ご協 力
と,カ リ ウム(K)以 外 の 元 素 は すべ て 著 者 らの 値 の 方 が
い た だ い た上 海 医 科 大学 中山 医 院 の戴 豪 良 講 師 に感 謝 の
高 か った。 分 析 に使 用 した 頭髪 の患 者 居 住地 区の 違 い及
意 を 表 す る。
び 分析 技 術 上 の 差等 が考 え られ る。 本 報 告で は,中 国 人
文
の 頭髪 標 準 試 料 を分 析 した こ と,及 び 当研 究 所 で 作 成 し た 日本 人 頭 髪 標 準 試 料(NIES)分
析 値 との 比 較 が 出来 た
1) 汪
こ とは幸 い で あ った。
国 芹:从
献
流 行 病 学 採 対 克 山 病 病 因,医
学 通 訊,15,
297-302(1986).
克 山病 の 病 因 も単 一 で は な い と考 え られ る が,近 年 は
2) Li F. S., Guan J. Y., Zou L. M., Duan Y. J., Ma P.,
予 防 対策 を と って い るた め か患 者 は減 少 した との こ とで
Sun Q.,
あ る。本 報 告 は,頭 髪 中 微 量元 素 の 過 不 足 よ り病 因 を検
molecular
討 した が,そ れ は排 せ つ 機 能 を持 つ頭 髪 へ の移 行 元 素 を
mechanism of Keshan disease-An endemic cardiomyo-
対 象 と した もの で あ る。 この よ うに健 康 指標 と して の 頭
pathy with membrane damage in mitochondria caused
髪 の利 点 を検 討 す る こ とが で きた。
possibly by deficiency of selenium and phospholipid,
結
(Editors:
齢7.4才),日
な い し13
と4才 の2名 は克 山 病患 者),
同省 非 流 行 地 区 の 男児10名(5才
な い し11才,平 均 年
郭 可 大:三
十年来克山病病因真菌毒素 中毒学説的
中国 医 学 科 学 院 克 山 病 研 究 隊:從 克 山病 的 流行 特
西安 医 学 院 克 山病 研 究 室:亜 晒 酸 銅 予 防克 山病 急 性
李芳 生,関 金 陽,李 立,趙 玉華,白 謙福:克 山 病 患 兒紅 細 胞 及 血漿 的晒 量 及 脂質 組 成 的 改 変及 其 發病学
究知 見 が 待 た れ る。
意 又,栄 養 学報,4,221-226(1982).
克 山病 流 行 地 区 及 び非 流 行 地 区共 に
8)
李 芳 生,白
謙 福,喬
有 江,関
中 国 居 住 者 の 方 が 日 本 人 よ り高 濃 度 で あ っ た 。Mnは
李 立:患
約30倍
察 文 集(1979-1982),p.338-344,人
(4)
も多 か った。
克 山 病 が セ レ ン 欠 乏 と 関 係 して い る こ と を 確 認 す る こ と が 出 来 た 。 即 ち,克
者 の 頭 髪 中Se平
山病 患 者 を 含 む流 行 地 区 居住
均 濃 度 は0.086±0.018μg/g,非
地 区 で は0.25±0.087μg/gで 幼 児 童(つ
山病心肌病
發病 効 果観 察,中 華 医 学 雑誌,59,457(1979). 7)
くにNiの 生 体 作 用 に つ い て は 今 後 の研
Mn,Al,Feは
恵,呉 振 鋒:克
(1979). 6)
P,Ti等 で あ っ た。 常 量 必 須 元 素 の低 濃 度 は栄 養 の低
(3)
谷 伯 起,李 相 忠,曽憲
点討論 晒和 克山病 病因 的美係,中 華医学 雑誌,59,451
病流行地 区のみ が低濃 度で あ った元素 はSe,Ni,Mg,Ca,
の低 濃 度,と
and Health"
研究 概 況,医 学研 究 通 訊,15,289-294(1986). 5)
下 との 関 係 が 考 え られ るが,微 量 元 素 で あ るNi,Cr
Life Elements
Tan J., P. J. Peterson, Li R. and Wang
153-156(1984). 4)
(2) 検 出 され た18元 素 に つ い て濃 度 比 較 を行 った 。 克山 で あ った 。 また,高 濃度 で あ った 元素 はPb,
and pathogenetic
変光 学顕 微鏡 与電鏡 対 比観 察,中 国地 方病 学雑 誌,3,
頭髪 中微 量 元 素濃 度 を分 析 して 元 素 濃 度 の多 少 か ら克 山病 との 関 係 を検 討 した 。
features
W .), 263-270, Science Press, Beijing (1990). 3)
本 国 つ くば 市居 住 の男 児 及 び女 児 計35名
(4才 な い し13才,平 均 年 齢7.7才)の 頭 髪 を収 集 し,
Na,Cr等
Li S. Y. and Chang Z. L.; The
biological
In "Environmental
語
(1) 中国雲 南 省克 山 病流 行 地 区の 男児9名(1才 才,平 均年 齢5.9才,13才
Li L.,
流行
あ り明 らか
辞
克山病流行地区及び非流行地区居住者の頭髪試料は, 中国遼寧省医学科学院基礎医学研究所李芳生教授が雲南
河 北 省 地 方 病 防 治 研 究 所:飲 山 病 病 因観 係 的 研 究,中
玉 華, 学考
民 ヱ 生 出 版 社,
水 中 某 些 元 素缺 乏 与 克
国 地 方 病 学 雑 誌,5,210-213
(1986). 10)
に 流行 地 区 は低 濃 度 で あ った。
謝
有 金,趙
北 京(1984). 9)
あ った 。 同年 代 の 日本 人
く ば 市)は,0.69±0.14μg/gで
金 陽,殷
兒 紅 細 胞 脂 質 膜 構 成 改 変 及 其 意 又,科
孟憲 患,于
維漢:孟
与 克 山 病,中
国 地 方 病 学 雑 誌,4,
283-284(1985). 11)
周葆 初,曽 各,目
12)
紹娟,于
的 水 平,中
曽 紹娟,周葆
維漢:克
国 地 方 病 学 雑 誌,1,26-29(1982).
初,于
20種 元 素 含 量,中
山 病 人 血 清 中 銅,孟,
維漢:ICP測
試 克 山 病 人頭 髪 中
国 地 方 病 学 雑 誌,4,358-361(1985).
太 田 ・中野 ・松 本:克 山病 流 行 地 区居 住 者 の 頭 髪 中微 量 元 素 濃度 に関 す る検討 13)
衛 生 部 地 方 病 防 治 局 編:楚 文 集(1984-1986),人
14)
田 村 行 弘,真
雄 克 山 病 総 合性 科 学 考 察
民 衛 生 出 版 社,北
木 俊 夫,嶋
村 保 洋,落
16)
垣 進:
17)
64-71,篠
15) Ohta, M.:
原 出 版,東
Y., Nakano, Comparison
from different 76Se(n
Chem.,
,γ)77m
井 玄,井
Se
reaction,
114, 75-82 (1987).
in human hair
Radioanal.
countries, Nucl.
晒 酸銅 強化 食 蓋予 防
体 中 に 存 在 す る常 量 必 須 元 素 の 機 能(II),
Times,
4,90-93(1989).
保 安,券
引:克
山 病 病 区粮 飼養 大 鼠 対 国 地 方 病 学 雑 誌,2,86-88
(1986).
M. and Matsumoto,
in different J.
光圻:用亞
国 地 方 病 学 雑 誌,3,204-208(1984).
51各 代 謝 的 示 踪 実 験 研 究 ,中
of selenium content individuals
弘:生
18) 呉 恵 民,康
村 伸 正 編),p.
京(1977).
A., Hoshi,
今井 Chem.
生 体 試 料 中 の 総 水 銀 ・メ チ ル 水 銀 ・セ レ ン の 分 析 法, 水 銀 と セ レ ン(鈴 木 継 美,大
文 濤,楊
克 山 病 的 研 究,中
京(1988).
合 節 子,西
対勝杰,于
〔817〕
by
19)
糸 川 嘉 則:生
体 微 量 金 属 の 話,p.261,自
然 の 友 社,
東 京(1984). (受 付1991年9月10日
受 理1992年5月11日)
