YAKUGAKU ZASSHI 136(10) 1433―1438 (2016) 2016 The Pharmaceutical Society of Japan
1433
―Note―
ヒト肺上皮由来 A549 細胞における有機酸ばく露による細胞傷害に関する研究 大久保智子,鈴木俊也,保坂三継,中江
大†
EŠects Induced by Organic Acids in a Human Lung Alveolar Carcinoma Cell Line A549 Tomoko Okubo,Toshinari Suzuki, Mitsugu Hosaka, and Dai Nakae† Tokyo Metropolitan Institute of Public Health; 3241 Hyakunin-cho, Shinjuku-ku, Tokyo 1690073, Japan. (Received April 7, 2016; Accepted June 13, 2016) The present study examined the eŠects of formic acid and acetic acid on human adenocarcinoma-derived alveolar basal epithelial A549 cells. The organic acids were administered either individually or in combination, into either the culture medium (aqueous phase) or the gaseous phase of an air-liquid interface. When either of the acids was administered into the aqueous phase, cell proliferation was inhibited at doses of 110 mg/mL. In contrast, when the acids were administered either individually or in combination, into the gaseous phase of the air-liquid interface, cell proliferation was not altered. Under the gaseous phase administration, acetic acid and mixed acids caused a slight increase, decrease and increase on the interleukin-8 production, the mRNA expression of the heme oxygenase-1 (HO-1) gene and the HO-1 production, respectively, at one or more time points. The results therefore indicated that organic acids might be less reactive in the gaseous phase than in the aqueous phase. However, acetic acid in the gaseous phase either individually or in combination with formic acid exerts some eŠects on A549 cells. Key words―formic acid; acetic acid; A549 cell; diesel particulate ˆlter; heme oxygenase-1; interleukin-8
緒
言
走行することができない. 以上の状況下で,われわれは,従来の DPF 非装
ディーゼル排出ガスは,ヒトの呼吸器系に影響を
着ディーゼルエンジンの排出ガスでなく, DPF を
及ぼすと考えられている.東京都では,昭和 61 年
装着したディーゼルエンジンの排出ガスについて,
度よ り, 大 気汚 染保 健 対策 事業 の 1 つ とし て ,
気相状態の被験物質をばく露するために開発された
ディーゼル排出ガスによるラットへのばく露実験が
培養細胞気相ばく露実験装置を用い,排出ガスにば
実施され,排出ガスに直接ばく露される呼吸器だけ
く露される可能性が高いヒト肺上皮細胞に由来する
でなく,全身諸臓器や胎児をも対象として,ディー
培養細胞へのばく露実験を行い,その影響を検討し
ゼル排出ガスが及ぼす様々な生体への影響について
た.その結果, DPF 装着することにより,ディー
13) 東京都はそれらの成果と疫学的 調査してきた.
ゼル排出ガスによる細胞増殖抑制作用は軽減され,
な調査結果,さらに国内外の様々な研究成果を基に
酸化ストレスは抑制されることが明らかとなり,
「都民の健康と安全を確保する環境に関する条例
DPF 装着はディーゼル排出ガスの毒性から生体を
(環境確保条例) 」を制定し,現在では神奈川県,埼
4) 保護するのに有効であることが示された.
玉県,千葉県でも同様の条例が制定され,その結
一方, DPF を装着したディーゼルエンジンの排
果,ディーゼルエンジンを搭載するトラック・バ
出ガスの成分では, DPF を装着しないディーゼル
ス・特殊用途自動車等は粒子状物質減少装置(die-
エンジンの排出ガスに比べ,ケトン類・アルデヒド
sel particulate ˆlter; DPF )を装着して条例に定め
類・芳香族炭化水素などが減少したが,有機酸類濃
る粒子状物質排出基準を満たさなければ,首都圏を
度が増加し,中でも存在比の大きいギ酸,酢酸濃度 がそれぞれ 125 mg / m3 から 304 mg / m3 , 200 mg / m3
東京都健康安全研究センター 現所属:†東京農業大学 e-mail: Tomoko_Ookubo@member.metro.tokyo.jp
から 345 mg / m3 に増加していた.5) 日本産業衛生学 会による作業環境中の許容濃度は,ギ酸が 5 ppm ( 9.4 mg / m3 ), 酢 酸 が 10 ppm ( 25 mg / m3 ) で あ
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YAKUGAKU ZASSHI
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6) アメリカ疾病管理予防センター(Centers る. for
ンパク質分解酵素阻害剤(セリン及びシステインプ
Disease Control and Prevention; CDC)によると,
ロテアーゼ阻害剤;コンプリート,ミニ, EDTA
ギ酸の吸入毒性については,マウス半数致死濃度
フリー)は,ロシュ・ダイアグノスティックス株式
(LC50)が 3246 ppm/15 min,ラット LC50 が 7853 ppm / 15 min であり,ヒトにおいて約 15 ppm で吐
き気を訴えるとのことであった.7)
会社(東京)製を使用した. 2.
培養細胞気相ばく露実験装置
培養細胞気
また,酢酸の吸
相 ば く 露 実 験 装 置 は , CultexCG シ ス テ ム
入毒性は,マウス LC50 が 5620 ppm / 1 h ,ラット
(CultexLaboratories GmbH, Hannover; 柴田科学
LC50 が 16000 ppm / 4 h であり,ヒトにおいて 50 ppm 以上で激しい流涙や目,鼻,喉の炎症によ
り,ほとんどの人が耐え難くなるものとされてい 8) る.
株式会社,草加市)を用いた. 3.
ヒト肺上皮細胞由来培養細胞へのギ酸・酢酸
液相ばく露 3-1.
ヒト肺上皮細胞由来培養細胞の処理
ヒ
以上の状況から, DPF 装着ディーゼルエンジン
ト肺上皮細胞由来 A549 細胞(American Type Cul-
が一般化されつつある現在,その排出ガスに比較的
ture Collection, Manassas; No. CCL-185)は,10%
高濃度で含まれることとなった有機酸の安全性につ
FBS 含 有 RPMI1640 培 地 を 用 い て , 37 ° C,5 %
いては,適宜評価することが喫緊に望まれるが,十
CO2 ・ 95 % air の条件下で継代培養した. A549 細
分なデータが得られていない.動物実験において,
胞は,必要時にトリプシン -EDTA を用いて回収
有機酸類の吸入ばく露による長期的な影響や,慢性
し,細胞数を数えて 96 ウエルプレートに 2 × 104
毒性に関する情報が少ない.特に,培養細胞への気
cells / well で播種し, 2 日間培養した後,純水(対
相ばく露によって,ギ酸,酢酸の影響を調査した報
照群),あるいは純水で所定の濃度に希釈したギ酸
告は,見当たらない.そこで,本研究は,培養細胞
又は酢酸を 1 / 10 量加えた 1 % FBS 含有 RPMI1640
ばく露実験装置を用いたヒトの呼吸器系からのばく
培地にて 24 時間培養した.ギ酸の濃度は 0.01, 0.1,
露を考慮した環境で,ヒト肺上皮細胞由来の培養細
0.3, 0.5, 0.7, 1.0, 3.0, 5.0, 10 mg/mL,酢酸の濃度は
胞にギ酸及び酢酸をガス状化してばく露し,細胞傷
0.01, 0.1, 0.5, 0.7, 1.0, 3.0, 5.0, 10 mg/mL であっ
害,酸化ストレス,免疫系異常などを指標として生
た.実験は 1 回のばく露実験を 8 個同時に行い,同
体への影響について調べた.
じ条件の実験を 3 回繰り返し行った.
方
細胞増殖能力試験
細胞増殖能力は,24
時 間 ば く 露 し た A549 細 胞 の 培 地 に WST-8 / 1-
ギ酸,酢酸は,それぞれ特級を和光
Methoxy PMS 溶液を培地の 1 / 10 量加えて,さら
純薬(大阪市)から購入した.RPMI1640 液体培地,
に 1 時間培養してから,マイクロプレートリーダ
0.25 %トリプシン -EDTA ,牛胎児血清( FBS )は
Multiskan FC (Thermo Fisher Scientiˆc, Inc.,
(Thermo Fisher Scientiˆc, Inc., Waltham) GIBCO
Waltham)を用いて,波長 450 nm における培地の
製を用い,細胞増殖アッセイキット Cell
吸光度を測定した.9,10) 細胞増殖能力は,対照群の
1.
試薬
3-2.
法
counting
kit-8 (WST-8/1-Methoxy PMS 溶液)は DOJINDO
(上益城郡)から購入した.DuoSet ELISA
De-
velopment kit human CXCL8/IL-8, DuoSetIC Hu-
培地の吸光度を 100%として算出した. 4. 4-1.
ヒト肺上皮由来細胞への気相ばく露実験 有機酸類のガス状化
有機酸のガス状化
man Total HO-1/HMOX1 ELISA は,R&D Systems
には,校正用ガス調整装置パーミエーター(株式会
(Minneapolis)から購入した.High Capacity RNA-
社ガステック,綾瀬市)を用いた.ギ酸と酢酸の単
to-cDNA kit, TaqMan Gene Expression Master
独ばく露は,ディフュージョンチューブ D-30 にい
Mix, TaqManGene Expression Assay は,Applied
ずれかの有機酸を入れて装置内に設置し,湯浴温度
Biosystems ( Thermo
Inc.,
50° C,空気流量 0.8 又は 0.5 L/min に設定してガス
Waltham )製のものを使用した. RNA 抽出試薬
状化させ, CultexCG に導入した.ギ酸及び酢酸
(RNAqueousKit)は,Ambion (Thermo Fisher
の濃度は,それぞれ,156 及び 66.3 ppm(294 及び
Scientiˆc, Inc., Waltham)製のものを使用した.タ
163 mg/m3)であった.ギ酸・酢酸混合ばく露は,
Fisher
Scientiˆc,
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パーミエーター 2 台を用い, 1 台にギ酸を入れた
胞溶解用液(1 mM EDTA,0.5% Triton X-100,タ
ディフュージョンチューブ D-30 ,もう 1 台に酢酸
ンパク質分解酵素阻害剤含有 PBS )を用いて作製
を入れた試験管(内径 12.3×長さ 103 mm)を設置
した細胞溶解液のタンパク質濃度( Lowry 法11) で
し,湯浴温度 50 ° C ,空気流量 0.5 L / min に設定し
定量し)で標準化した.
てギ酸,酢酸をそれぞれガス状化させ,マニホール
4-5. ヘムオキシゲナーゼ( HO ) -1 遺伝子発現
ド導入直前にギ酸と酢酸を混合し,ギ酸・酢酸混合
HO-1 遺伝子の発現は,ばく露後 3 時間培養した
ガス(混合ガス)として CultexCG に導入した.
A549 細胞を PBS で 2 回洗浄後, RNA 抽出試薬を
混合ガス中のギ酸及び酢酸の濃度は,それぞれ,
用いて,試薬に添付された方法に従って全 RNA を
mg/m3)であった.
抽出・精製した.吸光光度法により RNA 量を定量
ヒト肺上皮細胞由来培養細胞の処理
した後には,High Capacity RNA-to-cDNA kit を用
A549 細胞は,トリプシン -EDTA を用いて回収
いて添付された方法に従って mRNA を cDNA に逆
し,10%FBS 含有 RPMI1640 培地を入れた 12 ウエ
転写した.この cDNA には,TaqMan Gene Ex-
ルプレートのウエル内に置いたインサート(面積
pression Master Mix 及び TaqManGene Expression
116 及び 64.6 ppm(218 及び 159 4-2.
0.9
cm2 )に
17 × 104
個で播種し,インサートのメ
Assay
( HO-1;
Hs99999903 _ m1, b- ア ク チ ン ;
ンブラン膜上で, 37 ° C , 5 % CO2 ・ 95 % air の条件
Hs01110250_m1)を加え,リアルタイム PCR シス
下にて 3 日間培養した.実験時は,当該インサート
テム(Applied Biosystems 7500, Thermo Fisher
は 1 % FBS 含 有 RPMI1640 培 地 が 入 っ た Cultex
Scientiˆc, Inc., Waltham)を用いてリアルタイム
CG に設置した.ガス状化したギ酸,酢酸,混合ガ
PCR を行い,遺伝子発現量を定量した.反応条件
ス又は対照として活性炭を通過させて清浄にした空
は,初期変性 50° C 2 分間,95° C 10 分間;PCR(変
気は, 1.0 mL / min の流速で, 15, 30, 60, 90 又は
性 95 ° C 15 秒,アニーリング/伸長反応 60 ° C1 分
120 分間細胞にばく露した.その後は,インサート
間) ;サイクル数 40 回であった.目的遺伝子として
を 新 し い 1 % FBS 含 有 RPMI1640 培 地 0.6 mL の
は HO-1 を,リファレンス遺伝子としては b-アク
入ったプレート上のウエルに入れ,インターロイキ
チン を,それぞれ用いた.HO-1 遺伝子発現量は,
ン(interleukin; IL)-8 測定試料のみインサート内に
b-アクチン 遺伝子発現量で補正した後,ばく露開始
培地を 0.5 mL 加え,37° C,5% CO2・95% air の条
時の細胞における HO-1 遺伝子発現量を 1 とした相
件下にて培養した.以下では,A549 細胞にギ酸を
対値を算出した.
単独ばく露した群をギ酸群,酢酸を単独ばく露した
4-6.
HO-1 濃 度
HO-1 濃 度 は , ば く 露 後 3
群を酢酸群,混合ガスをばく露した群を混合群と呼
時間培養した A549 細胞を細胞溶解用液で調整した
ぶ.実験は,1 回のばく露実験を 3 個同時に行い,
細胞溶解液を用い,DuoSetIC Human Total HO-1
同じ条件の実験を 2 回繰り返し行った.
/HMOX1 ELISA を使用して,添付された方法に従
細胞増殖能力は,ば
って操作し,波長 450 nm における吸光度を測定し
く 露 後 24 時 間 培 養 し た A549 細 胞 に WST-8 / 1-
て定量した.HO-1 濃度は,細胞溶解液のタンパク
Methoxy PMS 溶液を加えた培地を入れ,さらに 1
質濃度当たりの値として算出した.
4-3.
細胞増殖能力試験
時間培養してから,波長 450 nm における培地の吸 光度を測定した.9,10) 細胞増殖能力は,ばく露開始
5.
結
算出した. IL-8 濃度
IL-8 濃度は,ばく露後 24 時
統計学的検定は, Duunet
法を用いて,有意差の検定をした.
時の細胞の培地の吸光度を 100%として増殖能力を 4-4.
統計学的解析
1.
果
液相ばく露によるヒト肺上皮細胞由来培養細
間培養した A549 細胞の培地を回収し,当該培地に
胞へのギ酸,酢酸の影響
DuoSetELISA Development kit human CXCL8/
0.01 から 0.5 mg /mL までは細胞増殖能の増加がみ
IL-8 を適用し,波長 450 nm における吸光度を測定
られたが,1.0 mg/mL では細胞増殖能が抑制され,
して定量した. IL-8 濃度は,培地回収後の細胞を
. 3.0 mg/mL 以上では細胞を傷害した(Fig. 1)
トリプシンで回収し, PBS で 2 回洗浄した後,細
ギ酸,酢酸ともに,
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Fig. 1. Cell Proliferation of A549 Cells Exposed for Formic Acid (□) or Acetic Acid (▲) for 24 H p<0.01, p<0.001 from the time zero value.
Fig. 2. Cell Proliferation of A549 Cells Exposed of Organic Acids and Cultured for 24 H Thereafter ; control, □; formic acid, ▲; acetic acid, ●; formic acid + acetic p<0.01 between control and time zero groups. +++p< p<0.05, acid. 0.001 between formic acid and time zero groups. ap<0.05 between acetic acid and time zero groups. bp<0.05, bbp<0.01 between formic acid + acetic acid and time zero groups.
2.
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Fig. 3. Levels of Interleukin (IL)-8 Induced from A549 Cells Exposed to Organic Acids and Cultured for 24 H Thereafter ; control, □; formic acid, ▲; acetic acid, ●; formic acid + acetic p<0.01 between formic acid + acetic acid and control groups. acid.
Fig. 4. Heme Oxygenase-1 (HO-1) mRNA Expression in A549 Cells Exposed to Organic Acids and Cultured for 3 H Thereafter ; control, □; formic acid, ▲; acetic acid, ●; formic acid + acetic p<0.01 between acetic acid and control groups. +p<0.05, acid. p<0.05, ++ < p 0.01 between formic acid + acetic acid and control groups.
気相ばく露によるヒト肺上皮細胞由来培養細 細胞増殖能力は,対照
酸群,混合群は 90 分間ばく露した場合に,ばく露
群を 含 むす べて の 群に おい て ,ば く露 開 始時 の
開始時の A549 細胞に比べ統計学的に有意に増加し
A549 細胞に比べて減少した(Fig. 2).また,ばく
た.酢酸群と混合群では対照群に比べて発現が統計
露時間にかかわらず,ばく露群と対照群との間に差
学的に有意に減弱するか,減弱する傾向を示した
がみられなかった(Fig. 2).
が,ばく露時間には依存していなかった.ギ酸ばく
胞へのギ酸,酢酸の影響
炎症症状を引き起こす原因因子の 1 つである
露は HO-1 遺伝子発現に影響しなかった(Fig. 4) .
IL-8 濃度は,対照群を含むすべての群で,ばく露
HO-1 濃度は,対照群と比較して酢酸群と混合群
時間に依存して増加した(Fig. 3).酢酸群では 120
で統計学的に有意に増加,あるいは増加する傾向を
分間ばく露の場合に IL-8 産生を増強する傾向がみ
示し た が, ば く露 時間 に は依 存し て いな かっ た
られた.混合群では 30 分間ばく露の場合に IL-8 産
(Fig. 5).ギ酸ばく露は HO-1 濃度に影響を及ぼさ
生が統計学的に有意に増強された.ギ酸ばく露は . IL-8 産生に影響しなかった(Fig. 3) 酸化ストレスマーカーである HO-1 の遺伝子発現
なかった(Fig. 5) . 考
察
は,ばく露開始時の A549 細胞に比べ,対照群,ギ
本研究における液相ばく露実験では,ギ酸と酢酸
酸群はばく露時間にかかわらず遺伝子発現が統計学
を 1%FBS 含有 RPMI1640 培地に希釈して A549 細
的に有意に増加,又は増加する傾向がみられた.酢
胞に反応させた. 1 % FBS 含有 RPMI1640 培地の
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の濃度範囲について,ギ酸が 1.5 7.5 mg / m3 ,酢酸 が 18.8 35.3 mg / m3 との報告がある.12) また横浜市 内の大気中ギ酸濃度 8.3 mg / m3 ,酢酸濃度 5.5 mg / 13) ヒ ト は , ギ 酸 の 単 回 吸 入 ば く 露 m3 で あ っ た .
で,鼻炎,咳,気管支炎,呼吸困難を起こす.7) 一 方,酢酸は,鼻,上気道,肺に対する刺激性があ る.14) したがって,筆者らは培養細胞へ短時間で高 濃度にばく露することにより,生体への影響につい て検討できると考え,本研究ではギ酸群(ギ酸 294 Fig. 5. Levels of Heme Oxygenase-1 (HO-1) Induced in A549 Cells Exposed to Organic Acids and Cultured for 3 H Thereafter ; control, □; formic acid, ▲; acetic acid, ●; formic acid + acetic p<0.01, p<0.001 between acetic acid or formic acid + acetic acid. acid and control groups.
mg/ m3 ),酢酸群(酢酸 163 mg/m3 )若しくは混合
群(ギ酸 218 mg/m3,酢酸 159 mg/m3)で,大気中 濃度と比較してすべて高濃度に設定して, 15 から 120 分間という比較的短時間の気相ばく露実験を
行った.また,大気及びディーゼル排出ガスには, pH は 7.3 であったが,ギ酸濃度が 1.0 mg/mL のと
ギ酸と酢酸が同時に含まれている.そこで,本研究
きの培地の pH は 6.2 , 3.0 mg / mL での pH は 3.8
では,ギ酸や酢酸の単独ばく露だけでなく,ギ酸と
であった.酢酸濃度が 1.0 mg / mL のときの培地の
酢酸の混合した気相ばく露も行った.炎症指標の 1
pH は 6.0 , 3.0 mg / mL での pH は 4.9 であった.
つである IL-8 産生について,対照群に比べ酢酸群
通常,培養細胞培養時の至適 pH は 6.8 7.2 であ
では 120 分間ばく露すると増強傾向を示したことか
る.したがって,液相ばく露の際に観察された細胞
ら,それ以上の時間でばく露実験を行うと,有機酸
傷害は,酸性度の上昇に起因するものと考えられた.
の刺激により IL-8 産生が増強する可能性も考えら
筆者らは,培養細胞へのディーゼル排出ガス気相
れる.さらに,酢酸は HO-1 遺伝子発現に影響を及
ばく露実験を行う際に,清浄空気をばく露させた対
ぼし,混合群は酢酸群の結果に類似するものであっ
照群でも,物理的な刺激により細胞がなんらかの影
た.また HO-1 タンパク質濃度について,酢酸群に
4) 響を受けることが避けられないことを報告した.
比べ混合群の方が早く影響が現れた.酢酸群は 120
実際,本研究における気相ばく露実験でも,清浄空
分間ばく露すると HO-1 濃度は増加したことから,
気のばく露によって培養細胞の増殖に影響があっ
より長時間でばく露実験を行うと,HO-1 濃度に影
た.したがって,本研究における有機酸気相ばく露
響が現れる可能性が考えられる.これらのことか
群で観察された変化の評価は,清浄空気をばく露し
ら,混合群における A549 細胞への作用は酢酸成分
た対照群における変化と比較した上で行うことが妥
による影響が大きいと推察される.
当であると判断した.
本研究においては,酸化ストレスマーカーである
DPF を装着したディーゼルトラックのエンジン
HO-1 に関して, HO-1 遺伝子発現の変化とタンパ
から排出される物質は,窒素酸化物や一酸化炭素以
ク質濃度の変化の様相が相反していた.すなわち,
外に,脂肪族炭化水素,芳香族炭化水素,アルデヒ
酢酸群と混合群では,対照群と比較して,遺伝子発
ド類などがあるが,排出量として最も多いのは有機
現量が低下したが,タンパク質濃度は増加した.
酸である.有機酸は,排出物質全体の 60 %以上を
A549 細胞にタバコ煙をばく露した後,それぞれ 3,
占めており,中でもギ酸,酢酸の量が多い. DPF
6, 18 時間で A549 細胞を回収し,細胞中の HO-1
を 装 着 し た 総 排 気 量 約 3000 mL の デ ィ ー ゼ ル ト
遺伝子の発現を調べ,対照群と比較した結果,その
ラック 2 車種は排出ガス中に 40 km / h 定地走行条
発現量はそれぞれ 10, 14, 2 倍に増加した.15) しか
件では,ギ酸が 31.9 及び 4.7 mg / km (それぞれ,
し,本研究では遺伝子発現量の増加は認められな
34.9 及び 9.7 mg/km
かった.このことから,両者の測定を同時点で行っ
mg / m3 )放出されてい
たことにより,遺伝子発現とタンパク質発現の時間
神奈川県横浜市及び東京都港区の一般大気中
的推移の違いによって,見かけ上,相反する結果が
4300 及び 630
mg/m3),酢酸が
(それぞれ, 4700 及び 1310 た.5)
1438
YAKUGAKU ZASSHI
得られたものと推察された. これまではディーゼル車の排出ガスは浮遊粒子状 物質( suspended particulate matter; SPM )の主要 な発生源であり,その環境影響が議論されてきた.
4) 5)
SPM の大気汚染に係る環境基準は,「1 時間値の 1
日平均値が 0.10 mg / m3 以下であり,かつ, 1 時間
6)
値が 0.20 mg/m3 以下であること」である.平成 13 年度環境省調査による東京都内の SPM の環境基準
7)
達成率は,実に 0 %であった.しかし,平成 15 年 10 月以降,環境確保条例に基づくディーゼル車走
行規制が実施され,ディーゼルエンジンに DPF の 装着が義務付けられた.その結果,平成 26 年度の
8)
東京都内の SPM の環境基準達成率は 100 %に達し た.このことから,ディーゼルエンジンへの DPF の装着は, SPM の観点からの大気環境保全に有効
9)
であることは明らかである.しかし,有機酸類につ いては安全性に関するデータが十分に揃っていると 言えない.本研究は,ヒト肺上皮細胞由来の培養細
10)
胞に酢酸を気相ばく露すると酸化ストレスが誘導さ れる可能性を示唆したものであり,大気中有機酸類 と DPF 装着ディーゼルエンジン排出ガスの安全性
11)
評価に有用な情報を与えるものである. 利益相反
開示すべき利益相反はない.
12)
REFERENCES 13) 1)
2)
3)
Watanabe N., Ikeda S., Ohsawa M., Suzuki T., Kano T., Hayashi Y., Ann. Rep. Tokyo Metr. Inst. Pub. Health, 39, 187 192 (1988). Ohkubo T., Seto H., Ohsawa M., Suzuki T., Kanoh T., Ann. Rep. Tokyo Metr. Inst. Pub. Health, 39, 193 197 (1988). Watanabe N., Kurita M., Environ. Health
14) 15)
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