Jpn. J. Clin. Immunol., 37(5)403~411(2014)Ⓒ 2014 The Japan Society for Clinical Immunology

403

特集:腸内細菌と免疫疾患 総  説

腸内フローラと生体防御・免疫制御:統合オミクスによる解析 大野博司

Gut microbiota, host defense and immunity: analysis with integrative omics approach Hiroshi Ohno RIKEN Center for Integrative Medical Sciences (Accepted August 20, 2014) summary Complex host-gut microbiota interaction is involved in the formation of a unique ecosystem in our body, the “gut ecosystem”. In order to understand the complex gut ecosystem, we propose integrated multi-omics approach, where multiple layers of unbiased cyclopedic analyses such as genomics, transcriptomics and metabolomics are combined. Applying this approach, we have revealed the mechanism that gut microbiota-derived acetate, a short-chain fatty acid, protects mice from enterohemorrhagic Escherichia coli O157-infectious death. We have also shown that butyrate produced by gut microbiota such as order Clostridiales promotes differentiation of regulatory T cells from naïve T cells in colonic lamina propria, through epigenetic modification. Epigenetic modification by butyrate also acts on colonic macrophages to confer anti-inflammatory phenotype by rendering them hyporesponsive to Toll-like receptor signaling. Short-chain fatty acids also signal via their G protein-coupled receptors. For example, it has been suggested that gut microbiota-derived short-chain fatty acids absorbed in the blood play a role in regulation of systemic inflammation by inducing apoptosis of neutrophils as well as chemotaxis of regulatory T cells. Key words    gut microbiota; intestinal immunity; integrated omics approach; short chain fatty acid 抄  録 腸内フローラは,宿主腸管と複雑に相互作用することで,「腸エコシステム」と呼ばれるユニークな環境系を形 成している.筆者らは,複雑な腸エコシステムを解析する方法として,ゲノム,トランスクリプトーム,メタボロー ムなどの異なる階層の網羅的解析法を組み合わせた,統合オミクス手法を提案している.本手法の応用により,腸 内フローラが食物繊維を代謝分解して産生する短鎖脂肪酸の一種である酢酸が,腸管出血性大腸菌 O157 感染モデ ルにおいて,マウスの感染死を予防するメカニズムを解明した.また,クロストリジウム目などの細菌群が産生す る酪酸が,大腸局所でナイーブ T 細胞に対するエピゲノム制御を介して制御性 T 細胞への分化を誘導することも 明らかにした.酪酸のエピゲノム制御はまた,大腸のマクロファージに働いて Toll 様受容体の感受性を抑えるこ とで抗炎症性の性質を付与し,腸エコシステムの恒常性維持に寄与している.この他,短鎖脂肪酸は G タンパク 質共役受容体を介するシグナル伝達作用も有しており,腸内フローラによって産生された短鎖脂肪酸が吸収されて 全身性に作用することで,好中球や制御性 T 細胞のアポトーシスや遊走を介して炎症制御に働くことも示唆され ている.

はじめに

遺伝子数に至っては,約 25,000 とされるヒトゲノ ム遺伝子に対し,一人の腸内フローラにつき 60 万

動物の腸内には膨大な数の細菌群,いわゆる腸内

ないし 100 万個(腸内フローラにも個体差があるた

フローラが出生とともに定着し,生涯に渡り共存し

め,ヒト集団全体では 300 万以上)とヒトをはるか

ている.ヒト大腸では,500~1,000 菌種,総数 100

に凌駕する遺伝子数を保有しており ,独自の代謝

兆個以上にものぼり,ヒトの個体を構築している約

系を構築し,外なる臓器とも考えられる.腸内フロー

60 兆個とされる体細胞数より多い.しかも,その

ラはさらに,宿主腸管と複雑に相互作用することで,

過半数は難培養性で未だ未知の菌である.またその

1)

「腸エコシステム」と呼ばれるユニークな環境系を 形成している.正常な腸内フローラ(symbiosis)は

独立行政法人理化学研究所統合生命医科学研究センター

通常は復元力が強く,例えば抗生物質などで一時的

404

日本臨床免疫学会会誌(Vol. 37 No. 5)

に撹乱されてもやがて元に戻り,腸エコシステムの

(図 2 ).

恒常性を維持している.しかし,遺伝素因を持つ個

また最近,無菌マウスや無菌マウスに特定の既知

体などにおいては,何らかの環境要因などによりひ

の細菌を定着させたノトバイオートマウスという

とたび腸内フローラのバランスが崩れると正常に復

20 世紀中頃に開発されたモデル動物の実験系が再

元できず異常な状態(dysbiosis)が持続し,その結

注目され,免疫系や生体防御の新たな発見に寄与し

果,腸エコシステムの恒常性が破綻して病態の形成・

ている.無菌マウス(動物)は,子宮内が無菌的で

増悪・維持へと進むと考えられる(図 1 ).したがっ

あることを利用して,帝王切開によって無菌的に取

て,ヒトの生理および病理を理解するには,腸エコ

り出した胎仔を無菌アイソレータ内に搬入し人口保

システムの全体像の理解が必須である.

育する(あるいは既にアイソレータ内で無菌的に飼

上記のように未知の菌を多数含む膨大な数の腸内

育されている里親によって保育させる)ことにより

フローラを擁する複雑な腸エコシステムを解析する

得られる .アイソレータ内での繁殖や種々の実験

のに適した手法は最近までなかったが,次世代シー

操作も可能である.一方,ノトバイオート動物(ギ

ケンサーの開発・改良により,糞便や腸内容物など

リシャ語の既知を意味する gnostos と生命を意味す

から抽出した腸内フローラのゲノム DNA を,培養

る bios からの合成語)とは,無菌動物に既知の一

することなく直接,網羅的に解読する「メタゲノ

ないし複数種の菌株のみを定着させた動物を指す .

3)

3)

ム」解析法が考案された.これにより,腸内フロー ラを構成する細菌群の組成や,腸内フローラがどの ような遺伝子を持っているかがわかるようになって きた (詳細は服部の項を参照のこと) .しかし, 1, 2)

メタゲノムにより腸内フローラの菌叢構成やその保 有遺伝子の配列は明らかにできるが,これはあくま でカタログ作りであり,腸エコシステムの機能の理 解には直結しない.そこで筆者らは腸エコシステム の機能解析法として,ゲノムレベルでの解析に加 え,網羅的な遺伝子発現(トランスクリプトーム) や代謝物(メタボローム)解析,さらには DNA メ チル化やヒストンアセチル化などのエピゲノム解析 を組み合わせた,統合オミクス解析を提唱してきた

図 2  統合オミクス手法 (http://leib.rcai.riken.jp/riken/index.html より引用)

図 1  腸エコシステム 宿主⊖腸内フローラ相互作用が一定の正常範囲,いわゆる symbiosis 状態を保っている限り腸エコシステムの恒常性は維持され るが,宿主の遺伝的素因に加えて環境要因の悪化などによりひとたび腸内フローラのバランスが崩れ,宿主⊖腸内フローラ相互 作用が dysbiosis 状態に陥ると,腸エコシステムの恒常性も破綻し,種々の疾患の発症,増悪の原因になると考えられる. (http://leib.rcai.riken.jp/riken/index.html より引用)

大野・腸内フローラと生体防御・免疫制御

405

本稿では,ノトバイオートマウスや統合オミクス手

ビフィズス菌はビフィドバクテリウム属(Genus

法を用いた腸エコシステム解析によって明らかとなっ

Bifidobacuterium)に分類される菌の慣習的な呼称で

た知見を中心に,生体防御,免疫系における腸内フ

ある .Bifidobacterium 属はグラム陽性の偏性嫌気性

ローラが産生する短鎖脂肪酸の役割について最近の

桿菌であり,現在までに 40 菌種弱が報告されてい

動向を含めて概説する.

る.そのほとんどは動物の腸管内や糞便中に存在す

8)

る.ヒトでは,B. adolescentis, B. angulatum, B. bifidum,

1 .酢酸によるマウス O157 感染死予防

B. breve, B. catenulatum, B. dentium, B. gallicum, B.

腸管出血性大腸菌 O157:H7 はヒトの代表的な食

longum subsp. infantis, B. longum subsp. longum, B.

中毒起因菌のひとつで志賀毒素やⅢ型分泌装置など

pseudocatenulatum, B. scardovii( 菌 種 名 の ア ル フ ァ

をはじめとする複数の病原因子を有しており ,汚

ベット順)などの存在が報告されている .ビフィ

染した食物とともに経口摂取されると,ヒト腸管上

ズス菌はいわゆる善玉菌のひとつであり,糖を代謝

皮に接着して上皮細胞死や上皮の剥離を起こし,水

して乳酸や酢酸などの短鎖脂肪酸(炭素数 6 以下の

様性や血性の下痢を生じるほか,ときに菌が産生す

脂肪酸)(図 3 )を産生する,いわゆるヘテロ乳酸

る志賀毒素の血中に移行すると,重篤な合併症であ

菌に含まれる .プロバイオティクス(適当量の投

る溶血性尿毒症症候群により死に至ることもある

与により宿主の健康に有益な作用をもたらす生菌,

4)



4, 5)

9)

10)

O157 はマウス腸管上皮には接着できないためヒト

あるいはそれを含む食品や薬剤)としてヨーグルト

上皮の場合のような病変は起こさず,通常のマウス

などの乳製品や薬剤に使用されている.その作用と

に O157 を経口投与しても腸内フローラとの競合に

しては,宿主免疫系の賦活作用,血中コレステロー

より定着できず無症状である.しかし,無菌マウス

ル値の低下作用,病原菌に対する抗感染作用,感染

に投与した場合には競合する常在菌が存在しないた

性下痢症の予防・軽減効果,抗炎症作用,抗癌作用,

め O157 は十分増殖し,結果として志賀毒素の血中

乳糖不耐症の症状緩和作用,早期産児における正常

移行によりマウスは感染死に至る .

な腸内フローラ樹立の促進作用などが報告されてい

6)

O157 投与の 1 週間前にあらかじめビフィズス菌を 定着させておくと,O157 感染死を予防できる菌株 (予防株)とできない菌株(非予防株)が存在する . 7)





9, 11)

予防株,非予防株投与マウス間で,糞便中の O157 の菌数や志賀毒素濃度には差は見られないが,血中

図 3  短鎖脂肪酸の構造式 (http://leib.rcai.riken.jp/riken/index.html より引用)

日本臨床免疫学会会誌(Vol. 37 No. 5)

406

の志賀毒素の濃度は非予防株に比較して予防株で著

討した結果,酢酸は濃度依存的に O157 による上皮

しく低値を示した .予防株共存下でも O157 の病

細胞株のアポトーシスを抑制した .さらに,マイ

原因子の発現には影響はないこと,さらに O157 感

クロアレイによる網羅的遺伝子発現比較解析により,

染後 24 時間という早期に大腸遠位部において上皮

予防株定着マウスの大腸上皮細胞において非予防株

細胞のアポトーシスが観察されるが,非予防株の前

定着マウスに比べて発現上昇の見られた遺伝子群

投与では同様に観察されるこの O157 によるアポトー

が,上皮細胞株の酢酸処理においても発現上昇を示

シスが予防株を投与しておくことにより予防できる

しており,これらは細胞エネルギー代謝や抗炎症反

ことから ,予防株は O157 に対してではなく宿主

応というカテゴリーに属する遺伝子群であることか

に直接あるいは間接的に何らかの作用を及ぼし,

らも ,酢酸が上皮細胞に作用して O157 による細

O157 による上皮細胞のアポトーシスを防止するこ

胞死に対する保護作用を付与していると考えられる.

とで毒素の血中への移行を阻止していると考えられ

予防株と非予防株での酢酸産生能の違いの原因を

た.そこで,予防株と非予防株では産生する代謝産

探るために,特に糖代謝に関わる遺伝子群に着目し

物に質的・量的な違いがありその違いが上皮細胞に

てこれらビフィズス菌の全ゲノム配列の比較を行っ

何らかの影響をあたえることで,志賀毒素の体内移

た結果,ATP 結合カセット(ABC)型トランスポー

行の違いが生じている可能性を考え,予防株あるい

ターをコードする 2 つの遺伝子カセットが共に非予

は非予防株のみを定着させたマウスの糞便中の低分

防株では完全あるいは部分欠損していた.ホモロ

子化合物の核磁気共鳴(NMR)を用いたメタボロー

ジー解析から,これらはともに 5 単糖のトランス

ム解析

を行った結果,予防株では非予防株に比

ポーターと予想されたが,実際に 6 単糖であるブド

して糖の含有量が少なく,酢酸が多いことが明らか

ウ糖あるいは 5 単糖である果糖のみを炭素源として

となった .前述のように,ビフィズス菌は糖を代

予防株および非予防株の培養試験を行ったところ,

謝して短鎖脂肪酸も産生するが,今回の試験では酢

ブドウ糖からは予防株,非予防株とも同等に酢酸を

酸以外に予防株,非予防株で糞便中の含有量に差の

産生できるが,果糖からは予防株のみが効率的に酢

ある短鎖脂肪酸は見られなかった.

酸を産生できることがわかった .マウス腸管内の

12)

12)

13)

12)

12)

12)

12)

非予防株定着マウスの餌に,酢酸基を共有結合す

ブドウ糖と果糖の濃度を測定したところ,大腸上

ることで,腸管内で酢酸基を徐放性に遊離する酢酸

部(実際には盲腸)ではブドウ糖が十分量存在する

化でんぷんを添加しておくと,糞便中の酢酸濃度が

が,アポトーシス及び軽度の炎症が認められる大腸

単なるでんぷんを添加した場合に比べて有意に増

株(実際には糞便中)においては,果糖は十分量存

加する (マウスの飲水中に,食用酢の約 4 倍希釈

在するがブドウ糖はほとんど検出されなかった .

液に相当する 200 mM という高濃度の酢酸を添加し

以上の結果をまとめると,大腸上部ではブドウ糖

ても,上部消化管で吸収されてしまい,糞便中の酢

が十分量存在するため予防株,非予防株定着マウス

酸濃度の上昇は認めない.それ以上の高濃度の酢酸

ともに十分量の酢酸を産生できる(図 4 上).一方,

を添加すると,マウスは飲水できず脱水死してしま

大腸下部になるとブドウ糖は既に宿主と菌による吸

う) .酢酸化でんぷんを餌に添加した群では,単な

収・消費により枯渇しているのに対し,果糖は十分

るでんぷんを添加した群と比較してその後の O157

量存在する.したがって,果糖トランスポーターを

による感染死が有意に抑えられることから ,酢酸

持つ予防株のみが果糖を消費して十分量の酢酸を産

が何らかの形でマウス O157 感染死を予防している

生できるのに対し,非予防株は酢酸生成量が不十分

ことが示唆された.

となり,上皮細胞のアポトーシスにより生じた上皮

12)

12)

では,酢酸はどのような作用機作で,直接あるい はさらに代謝されて間接的に志賀毒素の血中への移

12)

バリアの破綻を介して毒素が血中へと移行し,マウ スは死亡する(図 4 下).

行を阻止しているのだろうか? 予防株定着時に見

予防株ビフィズス菌によるマウス O157 感染死予

られた,O157 による上皮細胞のアポトーシスの防

防は O157 およびビフィズス菌のみを定着させたノ

止は酢酸の作用によるものだろうか? 個体レベル

トバイオートマウスという特殊環境での実験結果で

での解析でこれらの疑問に答えるのは難しいため,

あり,必ずしもそのままヒトの O157 食中毒を反映

培養上皮細胞株の培養液中に酢酸を予め添加し,そ

しているとは限らない.実際,腸内フローラ中には

の後 O157 をさらに添加することで酢酸の作用を検

ビフィズス菌以外にも酢酸を産生できる菌は多数存

大野・腸内フローラと生体防御・免疫制御

407

図 4  マウス O157 感染モデルにおける予防株および非予防株ビフィズス菌の違い 詳細は本文を参照. :ブドウ糖, :果糖,V:ブドウ糖トランスポーター,U:果糖トランスポーター. (http://leib.rcai.riken.jp/riken/index.html より引用)

在する.本研究の意義はむしろ,はじめから着目す

ることで,自己免疫,炎症,アレルギーなどの病的

るある物質や分子にターゲットを絞ることをせずに,

な免疫応答を抑制して,免疫寛容・免疫恒常性の維

統合オミクス手法によりバイアスを掛けることなく

+ 持に必須な役割を担う CD4 T 細胞のサブセットで

網羅的な解析から酢酸を見出したという点において,

ある.Treg の分化には転写因子 Fop3 が必須であり,

腸エコシステム解析における本手法の有用性を示し

マスター転写因子として機能する .Treg はその分

たことにこそあるといえよう.

化様式から,胸腺で分化成熟した後に末梢に出てく

2 .酪酸による大腸制御性 T 細胞(Treg)誘導 ノトバイオートマウスを用いた研究から,腸内フ

18)

る thymus-derived Treg(tTreg)と,末梢でナイーブ CD4+ T 細胞から分化する pTreg に大別される18, 19) (図 5 ).

ローラ中の特定の細菌(群)が特定の T 細胞サブ

食物繊維は宿主動物の消化酵素では分解されない

セットの分化を誘導することが示されている.例え

難消化性食物成分の総称であり,主として植物性,

ば,セグメント細菌(Segmented filamentous bacteria,

藻類性,菌類性食物の細胞壁の構成成分であり,炭

SFB)はマウス小腸の粘膜固有層における Th17 細

水化物のうちの多糖類であることが多く,保水性に

胞の分化を誘導する

およびヒ

富む.無菌マウスは食物繊維を分解できる腸内フ

のいずれにおいても,クロストリジウム

ローラを持たないため,保水性に富み粘稠な食物繊

目のクラスター IV および XIVa に属する細菌群が

維が貯留しており,通常のフローラを持つマウスに

マウス大腸における末梢誘導型の Treg(peripherally

比較して盲腸は腫大する.無菌マウスにクロストリ

derived Treg; pTreg)の分化を誘導するとの報告もあ

ジウム目を定着させると,大腸 Treg が誘導される

る.

と同時に腫大化した盲腸も正常のサイズに戻ること

ト由来

17)

.また,マウス

14, 15)

16)

Treg とは,異常,過剰な免疫反応を負に制御す

から,食物繊維がクロストリジウム目によって分解

日本臨床免疫学会会誌(Vol. 37 No. 5)

408

により比較した結果,Treg のマスター転写因子を コードする Foxp3 遺伝子のプロモーターならびに エンハンサー領域におけるヒストンアセチル化が酪 酸の添加によって有意に亢進していたことから , 20)

酪酸の HDAC 阻害によるヒストンアセチル化の亢 進というエピゲノム制御が Treg 分化誘導機構の少 なくとも一因であることが明らかとなった.HDAC はヒストン以外のタンパク質も基質として認識し, 図 5  Treg の 2 つの分化様式 Treg には胸腺内で分化成熟してから末梢に現れる tTreg + と,他のエフェクター CD4 T 細胞と同様に末梢でナイーブ T 細胞から分化する pTreg が存在する.pTreg の産生には腸 内細菌による刺激が重要と考えられている. (http://leib.rcai.riken.jp/riken/index.html より引用)

アセチル化することが知られており ,酪酸による 23)

Foxp3 タンパク質自身のアセチル化の亢進が Foxp3 を安定化することで Treg 誘導に寄与している可能 性も示唆されている . 21)

酪酸により分化誘導される大腸 pTreg の免疫抑制 能を個体レベルで検証するためにマウス腸炎モデル

された代謝産物が Treg 誘導に寄与している可能性

を用いた.マウスの脾臓の CD4 細胞から Treg を

が示唆された.この仮説を検証するために,クロス

+ 除去したナイーブ CD4 T 細胞画分を T 細胞も B 細

トリジウム目を定着させたノトバイオートマウスを,

胞を持たない Rag1 欠損マウスに移入すると,腸内

通常の食物繊維を多く含む餌(高繊維餌)と食物繊

フローラに対する Th1 や Th17 などのエフェクター

維を含まない餌(低繊維餌)で飼育し,大腸 Treg

T 細胞の過剰な炎症応答を本来制御すべき Treg が

誘導能を比較したところ,低繊維餌では高繊維餌と

いないためと考えられる大腸炎を発症する .作成

比較して Treg 誘導能が低いことがわかった.そこ

した腸炎モデルマウスに酪酸化でんぷん添加餌を与

で,高繊維餌群と低繊維餌群の盲腸内の低分子化合

えたところ無添加餌と比較して大腸 pTreg が増加す

物をメタボロームにより網羅的に比較検討した結果,

るとともに,腸炎の症状が軽症化した.この酪酸化

高繊維餌群では短鎖脂肪酸である酢酸,プロピオン

でんぷん添加餌を与えた腸炎誘導マウスに実験的に

酸,酪酸と,アミノ酸のうちロイシン,イソロイシ

Treg を除去する処置を行うと,腸炎の軽症化も消

ン,γ アミノ酪酸の含有量が顕著に増加していた.

失した.さらに,酪酸化でんぷんで誘導した pTreg

そこでこれらの物質の Treg 誘導能を検討したとこ

は,Treg の抑制機能を担う抑制性サイトカインで

ろ,酪酸が強く Treg を誘導することが明らかとなっ

ある IL-10 を分泌することから,腸内フローラが産

た .プロピオン酸には弱い Treg 誘導活性が認め

生する酪酸によって誘導される大腸 Treg は生体内

られるが,酢酸やアミノ酸には効果は認められない.

で抑制機能を有していることが示唆された .

20)

+

24)

20)

短鎖脂肪酸には,GPR41 や GPR43 など複数の G

このように,クロストリジウム目をはじめとする

タンパク質共役受容体の存在が知られているが,受

腸内フローラによる食物繊維の代謝産物である酪

容体遺伝子欠損マウスや G タンパク質のシグナル

酸は,HDAC 阻害によるヒストンアセチル化亢進

伝達を阻害する薬剤を用いた実験から,ここで見ら

というエピゲノム制御作用により大腸粘膜固有層

れる酪酸による大腸 Treg の分化誘導はこれらの受

のナイーブ T 細胞の Foxp3 遺伝子発現を誘導する

容体を介さない反応と考えられる . 21)

(図 6 ,①).無菌マウスに酪酸化でんぷんを与えて

一 方, 酪 酸 が 強 力 な ヒ ス ト ン デ ア セ チ ラ ー ゼ

も大腸 Treg の誘導は見られないことから ,抗原提

(histone deacetylase; HDAC)阻害効果を持つことは

示細胞である樹状細胞による細菌抗原の提示が必要

20)

.HDAC はヒストンテイルの

と考えられる(図 6 ,②) .酪酸はまた,樹状細胞

リジン残基の脱アセチル化というエビゲノム制御に

に作用することで間接的に Treg 分化誘導を増強す

より転写を負に制御している .そこで,in vitro で

ることも示唆されている .Treg の誘導には TGFβ

の Treg 誘導試験において酪酸添加の有無によるヒ

も必要とするが,その産生源のひとつとして,腸内

ストンアセチル化の違いを,抗アセチル化ヒストン

フローラが産生する複数の短鎖脂肪酸の複合的な

H3 抗体によるクロマチン免疫沈降⊖シーケンス法に

作用により腸管上皮細胞から TGFβ が産生されるこ

より全ゲノム DNA のヒストンアセチル化定量解析

とが示されている (図 6 ,③).このようにして

よく知られている

22, 23)

23)

21)

17)

大野・腸内フローラと生体防御・免疫制御

409

図 6  腸内フローラが産生する酪酸による大腸 pTreg 分化の模式図 (http://leib.rcai.riken.jp/riken/index.html より引用)    

誘導された pTreg は IL-10 を産生し,それが Th1 や

が亢進することで,その部位に Mi-2/NuRD リプレッ

Th17 などのエフェクター T 細胞の腸内フローラに

サー複合体のメンバーである Mi-2β がリクルートさ

対する過剰な免疫応答を負に制御することで,腸管

れることでこれらのサイトカインの発現が抑制され

における生体防御反応の恒常性の維持に働いている

る.

と考えられる.

4 .短鎖脂肪酸受容体を介した

HDAC 阻害は全遺伝子に均等に作用するわけで

免疫制御と抗炎症作用

はなく,それによって発現に変化の認められる遺伝 子は全体の 2 % 程度にすぎないとされる .Treg 分

一方,200 mM の短鎖脂肪酸を飲水に添加するこ

化誘導における酪酸によるヒストンアセチル化の亢

とで,腸粘膜において胸腺由来の tTreg が増加する

進も,解析した全転写因子遺伝子プロモーターのう

との報告もある .この場合には,プロピオン酸や

ち,Foxp3 を含む約 2 % の遺伝子のプロモーター領

酢酸には強い tTreg 誘導作用が認められるのに対し,

域にのみ認められた .これは,酪酸が複数存在す

酪酸にはほとんどその効果はない.これは,経口摂

る HDAC の一部にのみ作用することで説明可能か

取された短鎖脂肪酸のほとんどが大腸に到達する以

もしれない.

前に小腸で吸収されてしまうため ,大腸局所にお

23)

20)

28)

29)

3 .酪酸による大腸マクロファージの反応性の制御

ける酪酸の効果は見られず,200 mM という非生理 的ともいえる高濃度の短鎖脂肪酸が血中に流入する

マクロファージは大腸粘膜固有層の免疫担当細

ことによる全身性の作用を見ていると考えられる.

胞の中で最も数多く存在する細胞であり ,他の組

実際にこの報告では,酢酸やプロピオン酸は tTreg

織のマクロファージと比較して,細菌やウイルス

に発現する短鎖脂肪酸受容体 GPR43 に作用するこ

固有の分子構造を認識する Toll 様受容体刺激に対

とで,ナイーブ T 細胞からの分化ではなく,既存

する感受性が低く,抗炎症性である .このマクロ

の tTreg の腸への遊走を促進すると考察している.

ファージの Toll 様受容体に対する低感受性もまた,

プロピオン酸を飲水摂取したマウスの tTreg 細胞は,

腸内フローラ由来の酪酸の HDAC 阻害によるマク

大腸ホーミング因子である GPR15 の遺伝子発現を

ロファージのエピゲノム変化に起因することが示さ

高めることでその機能を獲得することも示唆されて

れた .興味深いことに,この場合に炎症性サイト

いる

25)

26)

27)



28, 30)

カインである IL-6 や IL-12 遺伝子のプロモーター

腸内フローラが産生する酢酸が血中に吸収される

領域のヒストン H3 の 9 番目のリジンのアセチル化

ことで,短鎖脂肪酸受容体刺激により全身性の抗炎

日本臨床免疫学会会誌(Vol. 37 No. 5)

410

症作用を発揮することも示されている .デキスト

て同定され,発症予防に応用される日もそう遠くな

ラン硫酸ナトリウム(DSS)経口投与によるヒトの

い将来に訪れるかもしれない.

31)

潰瘍性大腸炎に類似のマウス腸炎モデルでは,無菌 マウスは通常の腸内フローラを持つマウスと比較 して炎症が増悪する.しかし,酢酸 200 mM を飲水 中に添加することでこの無菌マウスの腸炎が軽症化 し,大腸組織中の TNFα や好中球の炎症メディエー ターであるミエロペルオキシダーゼも減少する. GPR43 を欠損したマウスでは,腸内フローラ存在 下でも無菌マウスと同等の DSS 腸炎の増悪が見ら れ,これは酢酸を投与しても症状は改善されなかっ た.さらに,GPR43 欠損マウスや無菌マウスでは, 腸炎のみならず炎症性関節炎モデルや急性アレル ギー性気道炎モデルなど腸管以外の炎症性疾患モデ ルにおいても野生型マウスに比べて症状が増悪する. GPR43 は酢酸に対する走化性受容体であり,好中 球は GPR43 依存的に酢酸に対して走化性を示すと ともに,酢酸刺激によりアポトーシスを起こす.腸 内フローラにより産生された酢酸は速やかに血中に 吸収されるため ,全身性に作用して好中球のアポ 29)

トーシスを誘導することにより過剰な炎症反応を抑 制すると考えられる. おわりに これまで述べてきたように,腸内フローラが産生 する短鎖脂肪酸は様々な機序により,複数の免疫担 当細胞に影響することで宿主の生体防御や免疫系の 制御に複雑に関与しており,今後さらに新たな発見 がなされるであろう.炎症性腸疾患患者の便中の短 鎖脂肪酸濃度は正常対照群と比較して有意に低いと の報告

や,短鎖脂肪酸の注腸が潰瘍性大腸炎の

32, 33)

改善効果があるとの報告

がなされており,短鎖

34, 35)

脂肪酸の抗炎症作用は潰瘍性大腸炎の病態と関連が 示唆される.腸内フローラは炎症性腸疾患や食物ア レルギーなどのような消化器疾患のみならず,肥満 やそれに付随する糖尿病,心血管疾患などのメタボ リック症候群,多発性硬化症のような神経疾患の発 症や病態に環境因子として関与することが指摘され ている.統合オミクス手法は宿主⊖腸内フローラ相 互作用を解析するのに適した方法であると考えられ る.今後の解析法のさらなる進歩・改良とともに, 無侵襲・あるいは軽度の侵襲で採取できる唾液,尿, 糞便,血液などのヒトサンプルを対象とした統合オ ミクス解析手法が確立されれば,特定の菌群やその 代謝物がこれらの疾患の発症に関わる環境因子とし

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