最 近 の 話 題 日薬理誌 145,43(2015)

神経ネットワークによる成体神経新生の制御 松尾 由理

神経細胞は再生しないと長く信じられていたが,近 年,成 体 脳 内 に お い て も,主 に 側 脳 室 の 脳 室 下 帯 (SVZ)と海馬歯状回の顆粒細胞下帯(SGZ)にて神経 細胞が絶えず新生していることが明らかとなり,正常 脳だけでなく病態脳においても,その新生機序や役割 が解明されつつある.SGZ での神経新生は記憶の同時 性・関連性,記憶の整理,感情制御などに関与する. 一方,SVZ での神経新生は嗅覚,これに関する記憶や 生殖行動などに寄与する(1).本稿では最近明らかに なってきた神経ネットワークによる SVZ の神経新生 制御に焦点を当てたい. SVZ のアストロサイト様細胞の一部(Type B 細胞) は自己複製すると共に素早く増殖する一過性増殖細胞 (Type C 細胞)を産生し,さらに神経芽細胞(Type A 細胞)へと分化し,吻側細胞移動経路を通り嗅球に移 動した後,多くは顆粒細胞層にて,一部は傍糸球体細 胞層にて g アミノ酪酸(GABA)性介在神経へと成熟 し,既存の神経回路に組み込まれる.運動や学習等に より神経新生が促進することから,神経活動と神経新 生が密接に関わることが予想され,培養神経幹細胞塊 (neurosphere)や培養(あるいは急性)SVZ 組織,動 物個体での薬理学的解析や,細胞特異的な conditional gene target 法等により,様々な神経伝達物質について 神経新生に及ぼす影響が調べられてきた(2). GABA の受容体のうち,GABAA 受容体 mRNA は SVZ の神経前駆細胞に発現しており,GABA が神経幹細胞 の増殖を抑制することや,神経芽細胞の移動・分化, 新生神経のシナプス形成に重要であることが示されて いる(2, 3).一方,未熟な性質を持つ神経幹細胞では GABA が興奮性に働き,むしろ神経新生を促進するこ とも示唆されている(4).GABA は神経芽細胞から非 シナプス性に放出されると示唆されていたが (3) ,最近, 線条体の GABA 神経細胞が SVZ の神経幹細胞へ投射し, 神経活動依存的に神経幹細胞機能を制御していること が示された(5). グルタミン酸は,SVZ にてアストロサイト様細胞よ り Ca2+依存的に放出される.mGluR5 受容体は神経幹 細胞の増殖と神経芽細胞の生存を,カイニン酸受容体 は神経芽細胞の移動を,NMDA 受容体は神経芽細胞 の生存をそれぞれ促進することが示されている(2).

しかし,グルタミン酸神経活動依存的な神経新生制御 は未だ不明である.黒質より投射するドパミン神経は, 主に Type C 細胞に発現する D1-3 受容体に作用するこ とで神経前駆細胞の増殖を促進し神経新生を促進する. パーキンソン病モデルにおいて神経新生が抑制される ことからも,黒質のドパミン神経活動が神経新生に寄 与することが示唆される.セロトニン(5-HT)受容体 も SVZ に発現しており,5-HT1A 受容体と 5-HT2C 受容 体は神経幹細胞増殖を促進し,5-HT1B 受容体は逆に抑 制することが示唆されていたが(2),最近の蛍光ト レーサー等を用いた組織観察と電気生理学的解析によ り,縫線核の 5-HT 神経が直接 Type B 細胞と上衣細胞 に軸索投射し,5-HT2C 受容体を介して,神経幹細胞増 殖を促進することが明らかとなった(6).アセチルコ リン(ACh)は,嗅球での新生神経を増加或いは減少 するとの報告があり混沌としていたが,ACh 神経特異 的染色と ACh 神経伝達機能の特異的阻害により,脳室 上衣下に存在する ACh 神経細胞が神経活動依存的に 直接神経幹細胞増殖を制御することが最近明らかに なった(7). 以上のように,神経ネットワークによる各種神経伝 達物質を介した神経新生の制御が急速に明らかになっ てきた.SVZ の神経幹細胞は上衣細胞,血管,グリア 細胞に囲まれており,神経ネットワークならびに周囲 の細胞による,神経新生の相互調節の解明が待たれる. またヒトでどれだけ同様の現象が生じているかの検証 が重要であろう.成体神経新生の機能的・病理的役割, また,現在注目される iPS 細胞移植による神経再生医 療を考えるうえでも,成体神経新生の調節機序のさら なる解明が期待される. 著者の利益相反:開示すべき利益相反はない.





1)Sakamoto M, et al. Front Neurosci. 2014;8:121. 2)Young SZ, et al. Euro J Neurosci. 2011;33:1123-1132. 3)Liu X, et al. Nat Neurosci. 2005;8:1179-1187. 4)Young SZ, et al. J Neurosci. 2012;32:13630-13638. 5)Young SZ, et al. Front Cell Neurosci. 2014;8:10. 6)Tong CK, et al. Cell Stem Cell. 2014;14:500-511. 7)Paez-Gonzalez P, et al. Nat Neurosci. 2014;17:934-942.

キーワード:神経新生,神経ネットワーク,脳室下帯 北里大学 薬学部 薬理学教室(〒108-8641 東京都港区白金 5-9-1) E-mail: [email protected] 原稿受領日:2014 年 10 月 8 日,依頼原稿 Title: Network activity controls adult neurogenesis Author: Yuri Ikeda-Matsuo

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