日薬理誌(Folia Pharmacol. Jpn.)145,183∼186(2015)
要約:Cyclin-dependent kinase-like (CDKL )遺伝子は Xp22 領域に位置し,mitogen-activated kinases(MAPKs) および cyclin-dependent kinases(CDKs)と相同性のあ るリン酸化酵素 CDKL5 をコードする.2003 年以降, 早期発症難治性てんかんを伴う重度発達障害である 「X 連鎖性ウエスト症候群」および「非典型レット症候
1. Cyclin-dependent kinase-like 5(CDKL5) 遺伝子 CDKL 遺伝子は,1998 年に X 染色体 p22.3-p21.3 領 域の転写マッピング計画でセリン・スレオニン・リン 酸化酵素をコードする遺伝子としてクローニングされ,
群」の患児において CDKL 遺伝子変異の報告が相次
serine-threonine kinase (STK )遺伝子と名付けられ
ぎ,CDKL はてんかん・発達障害の原因遺伝子とし
た(1).その後,リン酸化酵素領域が cyclin-dependent
て注目を集めている.CDKL 遺伝子の主な病因変異
kinase(CDK)ファミリーと相同性が高いことから,
は,リン酸化酵素活性の阻害かタンパク質自体の喪失
STK 遺伝子は HUGO Gene Nomenclature Committee
を来す loss-of-function 変異である.CDKL5 タンパク
(HGNC)において CDKL と改名された.CDKL は,
質は神経細胞の核と細胞質に分布し,細胞質では成長
CDKL ∼CDKL の 5 遺伝子からなる CDKL ファミリー
円錐,樹状突起,樹状突起スパイン,興奮性シナプス
に属し,ヒトキノームの中で CMGC(CDK,MAPK,
に局在する.これまでに CDKL5 は,Rho-GTPase Rac1
GSK3,CLK)グループに分類されている(2).
と相互作用し,BDNF-Rac1 シグナリングを介して神
ヒト CDKL 遺伝子の全長は 228 kb で,24 個のエク
経細胞樹状突起の形態形成を制御すること,興奮性シ
ソンを持つ.mRNA の転写は全てエクソン 2 から始
ナプス後部において NGL-1 をリン酸化し,NGL-1 と
まるが,スプライシングの違いによりイントロン 18
PSD-95 の結合を強化し,スパイン形態とシナプス活
で終止するもの(3136 bp)とエクソン 21 で終止する
動を安定化すること,さらにパルミトイル化 PSD-95
もの(3434 bp)が存在し,前者は脳に最も強く,ほぼ
と結合し,その結合が CDKL5 のシナプス標的と樹状
全身の組織に発現するのに対し,後者は精巣特異的に
突起スパイン形成を制御することなどが明らかにされ
発現する.さらに選択的スプライシングによってエク
た.また 2 つの研究室から Cdkl ノックアウトマウス
ソン 16∼17 間にエクソン 16b が挿入された転写産物
の作製・解析が報告され,活動性変化,運動障害,不
が脳特異的に発現する(3, 4).
安様行動の減少,自閉症様の障害,恐怖記憶の障害,
遺伝子産物 CDKL5 タンパク質は,mitogen-activated
事象関連電位の変化,複数のシグナル伝達経路の障害,
kinases(MAPKs)および CDKs と相同性のあるセリ
けいれん誘発薬に対する脳波反応の異常,樹状突起の
ン・スレオニン・リン酸化酵素であり,リン酸化領域
分枝異常,歯状回神経新生の変化などが同定された.
を N 末端側(エクソン 2∼11)に持つ(図 1).MAPKs
以上の結果と我々独自のデータから,CDKL5 は興奮
や CDKs にない特徴として,CDKL5 は C 末端側に 700
性シナプス伝達を調節し,ヒトの CDKL 変異に伴う
アミノ酸にわたる長い配列をもち,この領域がタンパ
病態がシナプス機能異常であることが示唆される.
ク質の細胞内局在および活性を制御する(図 1) (5, 6). CDKL5 のリン酸化基質として,これまで,methyl CpG
キーワード:CDKL5,てんかん,発達障害,シナプス,リン酸化 東京大学大学院 医学系研究科 国際保健学専攻 発達医科学分野(〒113-0033 東京都文京区本郷 7-3-1) E-mail:
[email protected] 原稿受領日:2015 年 1 月 15 日,依頼原稿 Title: Towards elucidating the regulatory roles of CDKL in synaptic transmission Author: Kosuke Okuda, Teruyuki Tanaka
X–連鎖知的障害の分子病態解明への挑戦 3
奥田 耕助,田中 輝幸
特集
難治性てんかんを伴う神経発達障害の原因遺伝子 CDKL5 のシナプス伝達調節機構の解明に向けて
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奥田 耕助,田中 輝幸
図 1 CDKL5 タンパク質
CDKL5 タンパク質は,N 末端側に MAPK,CDK と相同のセリン・スレオニン・リン酸化酵素領域を持ち,C 末端側領域は,タンパク質の細 胞内局在と酵素活性を調節する.
binding protein 2(MeCP2),DNA methyltransferase 1
CDKL 遺伝子変異はこれまで全ての報告で de novo
(Dnmt1),netrin-G1 ligand(NGL-1),amphiphysin 1
であり,点突然変異・欠失変異・重複変異が報告され
(Amph1)が報告されているが,そのリン酸化による
ている.点変異はミスセンス変異,ナンセンス変異,
機能は十分解明されていない(7–10).
2. CDKL5 遺伝子の変異 2003 年に,X 連鎖性点頭てんかん(ウエスト症候
フレームシフト変異,スプライス変異が報告されてい るが,ミスセンス変異は全て N 末端側リン酸化酵素領 域の存在するエクソン 2∼11 の中に分布し,他の点突 然変異は CDKL 遺伝子の全領域に分布している(12).
群)と発達遅滞の患者で CDKL 遺伝子の変異が同定
このリン酸化酵素領域内のミスセンス変異は CDKL5
されて以来,100 例以上の CDKL 遺伝子の変異が報
のリン酸化酵素活性を障害することが示されている
告されている (11, 12).これまでに報告された患者の
(21).ミスセンス変異以外の点変異と欠失変異は,結
大半はヘテロ接合型の女性で,ヘミ接合型の男性患者
果的に中途終止コドンを生じ,転写後,異常 mRNA の
の報告は少数であるが,正確な男女比は不明である.
多くはナンセンス変異依存 mRNA 分解機構によって
ヘミ接合型男性患者はヘテロ接合型女性患者より重症
分解を受ける.つまり,CDKL 遺伝子の主なてんか
であるという報告と性差は見られないという報告があ
ん・発達障害の起因変異は,リン酸化酵素活性の障害
り,実体は不明である(13, 14).
かタンパク質自体の喪失を来す,loss-of-function 変異
CDKL 遺伝子変異による疾患の主要な症状は,重
と考えられる.
度の精神遅滞と,常同行動・自発的な手の動きの欠
興味深いことに,ゲノム上の CDKL 遺伝子配列の
失・睡眠障害等のレット症候群様症状を持つてんかん
重複例も報告されているが,その症状は上記の点変異
性脳症であり,臨床的兆候は発達段階によって次の 3
あるいは欠失変異患者と異なり,てんかんを伴わない
段階に分けられる.(stage 1:1∼10 週)けいれん発
発達障害であることから,CDKL gain-of-function 変異
作を頻発するが,発作間欠時脳波は正常.(stage 2:
は異なるメカニズムで神経機能障害を来すと考えられ
6 ヵ 月∼3 歳)点 頭 て ん か ん・ヒ プ ス ア リ ス ミ ヤ.
る(22).
(stage 3:2 歳半以上)強直性けいれんと間代性筋け いれんを有する難治性てんかん(12, 15–19).それぞれ の 段 階 に 応 じ て,患 者 は 早 期 乳 児 て ん か ん 性 脳 症
3. CDKL5 の細胞内局在 CDKL5 はげっ歯類では全ての組織に広く分布し,
(early infantile epileptic encephalopathy-2:EIEE2),X
脳・胸腺・精巣に特に強く発現する(6).時間的には
連鎖性ウエスト症候群,非典型レット症候群(Hanefeld
胎生後期から発現するが,生後に増加し,成体後まで
variant)と診断される.近年の研究では,早期痙攣発
維持される(5).CDKL5 は,神経細胞の細胞質と核に
作を発症した女児の 8∼16%,早期痙攣発作に点頭て
局在し,細胞内局在は,N 末端側領域に持つリン酸化
んかんを伴った女児の 28%において,CDKL 遺伝子
酵素領域の活性と,C 末端側領域に持つ 700 アミノ酸
の変異か欠失が同定されている(20).
の巨大な領域によって制御されている(図 1) (5, 6, 21) .
CDKL のシナプス伝達調節機構の解明へ
その細胞質および核内局在から,CDKL5 は神経細胞 内で複数の役割を持つと考えられる.
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4. おわりに
核内では,CDKL5 が典型的レット症候群の原因遺
近年,乳幼児難治性てんかん/非典型レット症候群
伝子産物 MeCP2 をリン酸化することから,CDKL5 と
患者における CDKL 遺伝子変異の報告が国内外で相
MeCP2 の 機 能 的 関 連 が 考 え ら れ て い る (7) .ま た,
次ぎ,小児科,小児神経科の臨床の現場では,CDKL
CDKL5 は 核 内 で ス プ ラ イ シ ン グ 因 子 の 集 積 し た
遺伝子検査が乳幼児けいれん患者の診断に必須となっ
nuclear speckles に局在し,リン酸化酵素活性がその形
ている.しかしながら,CDKL 遺伝子変異の臨床で
成を制御することが示され,mRNA 翻訳の過程に関与
の注目の高まりに比して,遺伝子変異による病態機序,
することが示唆されている(23).
CDKL5 タンパク質の分子機能は未だ十分解明されて
4. CDKL5 による神経機能調節
おらず,
に包まれている.
これらの問題解決を目指し,我々の研究室では,
近年の研究から,CDKL5 のニューロン細胞質内局
CDKL5 喪失による病態機序と CDKL5 分子機能の解
在と,神経機能の調節における役割が徐々に明らかに
明を目標として,CDKL5 相互作用タンパク質の網羅
なってきた.CDKL5 は,成長円錐,樹状突起,樹状突
的探索と,CDKL5 loss-of-function の in vivo メカニズム
起スパイン,興奮性シナプスに局在する(5, 9, 24).
解析の 2 つの手法を組み合わせ,統合的に CDKL 遺
RNA 干渉を用いた CDKL5 ノックダウンは,神経突起
伝子の機能解析を行っている.相互作用タンパク質の
の伸長と分枝を阻害し,スパイン形態とシナプス活動
探索には,yeast two-hybrid スクリーニングと,アフィ
を変化させる.CDKL5 は Rho-GTPase Rac1 と複合体を
ニティーカラムに高速液体クロマトグラフィーと質量
形成し,脳由来神経栄養因子 brain-derived neurotrophic
分析を組み合わせたプロテオーム解析によるリン酸化
factor(BDNF)依存 Rac1 活性化に必要である(24).
基質の網羅的スクリーニングを用い,これまでに複数
CDKL5 は,興奮性シナプス後部において細胞接着分
の細胞骨格関連分子とシナプス関連分子を CDKL5 相
子 NGL-1 をリン酸化し,NGL-1 と PSD-95 の結合を強
互作用タンパク質として同定した(論文投稿準備中).
化し,スパイン形態とシナプス活動を安定化する(9).
また,CDKL5 loss-of-function による病態機序解明のた
またヒト患者 iPS 細胞由来ニューロンにおいて,マウ
め,独自に Cdkl ノックアウトマウスを作製・解析し,
ス CDKL5 ノックダウンニューロンと同様な樹状突起
その記憶・学習・情動の障害と,シナプス伝達の異常
スパインの異常が認められた(9).また CDKL5 は興
を同定した(論文投稿中).
奮性シナプス後部において,パルミトイル化 PSD-95
このように,ヒトの CDKL 変異に伴う病態がシナ
と結合し,その結合が CDKL5 のシナプスへの標的
プス伝達異常であることが徐々に明らかとなってきた.
(targeting)と樹状突起スパイン形成を制御する(25). これまでに,2 つの独立した研究室から Cdkl ノック
今後,CDKL 遺伝子変異による病態機序の解明と効 果的治療法の開発のため,ヒトの分子遺伝学的解析と,
アウトマウスの作製・解析が報告されている(26, 27).
モデルマウス解析,さらに分子作用ネットワーク解析
最初のグループは,Cdkl ノックアウトマウスの,活
を組み合わせ,CDKL5 研究を統合的に推進していか
動過多,rotarod assay における運動障害,zero maze
なければならない.
assay における不安様行動の減少,3-chambered social approach test における自閉症様の障害,contextual and
著者の利益相反:開示すべき利益相反はない.
cued fear memory test における恐怖記憶の障害,事象関
文
連電位(ERPs)の変化,さらに AKT-mammalian target of rapamycin(mTOR)カスケードを含む複数のシグナ ル伝達の障害を報告した (27) .別のグループは,Cdkl ノックアウトマウスにおける limb clasping,活動低下, abnormal eye tracking 等の異常行動,けいれん誘発薬カ イニン酸に対する異常脳波反応,樹状突起の分枝異常, 歯状回におけるニューロン新生の変化,AKT/GSK-3β シグナリングの障害,を報告した(26, 28).
献
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