YAKUGAKU ZASSHI 135(2) 307―314 (2015)  2015 The Pharmaceutical Society of Japan

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―Review―

環境毒性学におけるメタロミクス研究の展開 小椋康光

Development of Metallomics Research on Environmental Toxicology Yasumitsu Ogra Laboratory of Chemical Toxicology and Environmental Health, Showa Pharmaceutical University; 33165 Higashi-Tamagawagakuen, Machida, Tokyo 1948543, Japan. (Received September 24, 2014) Metallomics is newly coined terms and deˆned as a comprehensive analysis of the entirety of metal and metalloid species within a cell or tissue type. Then, metallome is deˆned as the entire category of metalloproteins and any other metal-containing biomolecules. Metallomics and research on metallome require analytical techniques that can provide information on the identiˆcation and quantiˆcation of metal/metalloid-containing biomolecules. This concept has been called speciation, and the acquisition of data according to the concept is performed using hyphenated techniques involving both separation and detection methods. In this review, the author intends to present several applications of complementary use of HPLC-inductively coupled plasma mass spectrometry (ICP-MS) and HPLC-electrospray ionization tandem mass spectrometry for identiˆcation of unknown selenium-containing metabolites, and also to present a newly developed technique, capillary LC-ICP-MS to be used for the analysis of metal-binding proteins. Key words―metallomics; speciation; hyphenated technique; inductively coupled argon plasma mass spectrometry; selenium; metallothionein

1.

はじめに

2) Salt 博 イオノミクス( ionomics )も提唱された.

メタロミクス( metallomics )とは, 2004 年に原

士は,メタロミクスは生物無機化学の分野から,イ

口紘 博士(名古屋大学教授)が提唱した学術用語

オノミクスは植物生物学の分野からそれぞれ成立し

であり,メタロミクスの対象となる物質の総体は,

た経緯があり,概念としては同一であると述べてい

メタローム(metallome)とよばれている.1) 当初メ

る.メタロミクスは,国際純正及び応用化学連合

タロームとは,金属結合タンパク質や金属含有生体

(International Union of Pure and Applied Chemis-

成分あるいは金属と相互作用する核酸等の物質を指

try;

していたが,最近では生体内に存在する金属元素の

3) また英国王立化学会(Royal Society of Chemり,

みならず,ヨウ素などの生体微量元素やそれらを含

istry;

む生体物質を含めている.また必須性の確かめられ

行されるに至っている.したがって,このような背

ていない元素についても対象としており,その毒性

景から今日では,生体微量元素の関与するゲノミク

発現作用の解明はメタロミクスの範疇に含まれる.

ス,プロテオミクスあるいはメタボロミクスはメタ

一方,時期を同じくして米国 Purdue University の

ロミクスと称されている.

IUPAC )の用語委員会により定義されてお RSC)からは Metallomics という学術誌が刊

D. E. Salt 博 士 ( 現 英 国 University of Aberdeen )

生体内に存在する微量元素やそれらを含有する生

により,植物が含有する金属イオンの総体をイオ

体高分子の生物学的作用,すなわち生理作用や毒性

ノーム( ionome )とよび,それを研究対象とする

を知るためには,それらが生体内でどのような化学 形態として挙動するのか,あるいはどのような生体

昭和薬科大学衛生化学研究室(〒1948543 東京都町田 市東玉川学園 33165) e-mail: ogra@ac.shoyaku.ac.jp 本総説は,平成 26 年度日本薬学会学術振興賞の受賞を 記念して記述したものである.

成分と相互作用をするのか知る必要がある.そのた めには,生体微量元素の量的な把握のみでなく,質 的な把握まで必要であり,この生体微量元素及びそ の含有成分の定量的かつ定性的な解析を行う手法と

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して, スペシエ ーション ( speciation )があ る. speciation には適切な日本語訳がなく,化学形態別

分析あるいはそのままスペシエーションと称されて いるが,本稿ではスペシエーションと記述する. 生体微量元素研究におけるスペシエーションとい う語の定義は,生体内,細胞内あるいはもっと一般 的に対象とする試料中に存在する,目的とする元素 を含む成分を化学形態別に分離し,それらの化学種

Fig. 1.

を元素特異的に定量すること,またその分析法とさ

Non-destructive detectors such as an ultraviolet-visual spectrophotometer (UV-VIS) and ‰uorescence detector (FD) can be optionally placed between an HPLC and an ICP-MS.

4) つまり対象とする試料中の目的とする元素 れる.

Schematic Diagram of LC-ICP-MS System

に注目し,様々な化学形態として存在している元素 を,種々の原理に基づく分離手法で分離し,元素を

一因である.6)

特異的に検出するという分析法がとられる.スペシ

ICP-MS は金属を始めとする元素の検出器として

エーションを実施する際には,微量元素含有生体成

は極めて特異的であり,高感度であるものの,後述

分の分離と微量元素の特異的な検出という互いに独

の通り,金属含有代謝物などの分子情報を得ること

立した分析法を結合した複合化技術( hyphenated

は極めて制限されている.このような ICP-MS の

technique )を用いる.実際のスペシエーションで

欠点を補うために,エレクトロスプレー(ESI)な

は,分離手法として高速液体クロマトグラフィー

どをイオン化源としたいわゆる有機の質量分析装置

( HPLC),ガスクロマトグラフィー( GC )あるい

が,メタロミクスの研究分野においても使用される

はキャピラリー電気泳動(capillary electrophoresis;

ようになってきた.7,8) しかし,生体試料を分析する

CE)が用いられる.金属結合タンパク質や金属含

際の ICP-MS と ESI-MS との間には相当の感度差

有代謝物の多くは可溶性であること,またサイズ排

が あ り , ICP-MS で 測 定 可 能 な 試 料 が そ の ま ま

除,イオン交換あるいは逆相といった分離モードに

ESI-MS に適用できる訳ではない.本稿では第一

多様性があることから,生体微量元素のスペシエー

に,筆者が報告した実例を挙げて,メタロミクス研

ションにおける分離手法としては HPLC が選択さ

究における ICP-MS と ESI-MS(-MS)の相補的な

れることが多い.一方,検出手法としては原子吸光

利用の効果を概説する.

光度法(atomic absorption spectrometry; AAS) ,誘

生体微量元素のスペシエーションにおいては,そ

coupled

もそも存在量が微量である元素を測定するため,

plasma atomic emission spectrometry; ICP-AES)あ

ICP-MS の感度がよいとは言え,血漿,尿あるいは

るいは誘導結合プラズマ質量分析装置(inductively

組織抽出液などヒトや実験動物から比較的大量に入

coupled plasma mass spectrometry; ICP-MS)といっ

手可能である試料を測定対象としてきた.しかし,

5) た金属分析装置が利用されている.

高感度であ

これまで明らかにできなかった微量元素の係わる生

るこ と や同 位体 の 利用 が可 能 であ るこ と から ,

命現象を明らかにするためには,生体微量元素の代

ICP-MS が現在最も汎用される機器と言える.した

謝に関与する遺伝子操作が必要な場合もある.簡便

がって,最もよくみられる生体微量元素のスペシ

に遺伝子の改変操作を行うためには,実験動物の代

エーションを実施するための装置構成は, HPLC-

わりに培養細胞を用いるのが適当であるが,培養細

導結合プラズマ発光分光法( inductively

ICP-MS ( LC-ICP-MS とも表記される)である.

具 体 的 に は LC-ICP-MS と は , hyphenated technique とよばれることからも,HPLC の検出器とし

て ICP-MS を用いるということである( Fig. 1 ). メタロミクスでは,近年リンや硫黄などの生体常量 元素も研究の対象とされているが,これは ICP-MS によりこれらの元素が測定可能になってきたことが

小椋康光

昭和薬科大学薬学部衛生化学研究室・ 教授.91 年東京薬科大学薬学部卒業. 96 年千葉大学大学院薬学研究科博士後 期課程修了. 96 年労働省産業医学総合 研究所(当時)博士研究員.97 年千葉大 学薬学部助手,04 年助教授,07 年准教 授. 09 年より現職. 02, 03 年フランス 国立科学研究センター訪問研究員.

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胞から得られる試料量は極めて少ない.そこで本稿 では第二に,培養細胞から得られる微量の試料につ いてスペシエーションを実施する分析技術の開発と それを利用したメタロミクスに関する研究成果につ いて概説する. 2.

LC-ICP-MS と LC-ESI-MS-MS を相補的に用

いた類金属含有代謝物の同定 「類金属」という単語には明確な化学的定義は与 えられていないが,典型元素と金属元素の物理化学 的性質を併有する元素であり,生体内では特有の代 謝過程を経ることが知られている.つまり,ある種 の類金属は炭素類金属の共有結合を有する代謝物

Fig. 2. Elution Proˆle of Se in the Urine of Rat Administered Sodium Selenite A urine sample was applied to an LC-ICP-MS system equipped with a multi-mode size exclusion column (Shodex GS-320HQ). The intensity of Se was monitored at m/z 82. X: unknown urinary metabolite of Se, TMSe: trimethylselenonium ion.

を生体内において生成する.このことは言い換える ならば,類金属代謝物の構造が明らかになれば,そ

ていた.なお,現在では生理的な条件下でも TMSe

の類金属が生体内でどのような代謝を受けたのかを

を多く排泄する代謝能力を持ったグループが存在す

知ることができる.これまで筆者らの研究室では,

ることが知られているが,その分子基盤は明らかに

LC-ICP-MS と LC-ESI-MS-MS を 相 補 的 に 用 い

なっていない.25,26)

て,セレン( Se )やセレンと同族のテルル( Te )

セレンを軽度に過剰摂取させたラットの尿では,

の未知代謝物の同定から代謝経路の推定を行ってき

LC-ICP-MS 解析により 2 つの異なる尿中代謝物が

たので,920) それらの一部について紹介したい.

検出され( Fig. 2 ),そのうちの 1 つは TMSe の標

セレンは動物

準物質と同じ保持時間を持つことから,TMSe であ

体内では,セレンを特異的に要求する酵素,例えば

ることが確認できていた. Figure 2 で X と記した

グルタチオンペルオキシダーゼやチオレドキシンレ

TMSe と異なる代謝物が,生理的なセレンの尿中代

ダクターゼなどの活性中心を,セレノシステインと

謝物であったが,最初に LC-ICP-MS により既知の

21,22) すなわち,金属 いうアミノ酸の形で構成する.

セレン化合物との保持時間の比較を行ったところ,

イオンのようにタンパク質の一次構造が完成し,高

いずれも X の保持時間と一致しなかった.そこで,

次構造を形成するとともにイオンやイオンを含む複

LC-ESI-MS-MS による分析を試みたが,尿中に含

合体としてタンパク質分子に組み込まれるのではな

まれる多量の塩と有機物が,微量にしか存在しない

く, 21 番目のアミノ酸といわれるセレノシステイ

セレン代謝物の検出を妨害した.そこで脱塩と酵素

ンとして,一次構造内に組み込まれる.23) このよう

処理による有機物の分解,濃縮を経て, LC-ESI-

にセレンをセレノシステインの形で組み込んでいる

MS-MS による分析が可能となるように前処理を

タンパク質をセレンタンパク質(selenoprotein)と

行ったところ, Fig. 3 ( a ) , ( b )のマススペクトラム

よんでいる.これまでセレンタンパク質が生合成さ

11) セレンは特異的な同位体の を得ることができた.

れる機構については,詳細な分子メカニズムが明ら

存在比,すなわち 74Se 0.89%, 76Se 9.36%, 77Se 7.63

かにされてきたが,セレンの排泄に向かう代謝過程

%,

の詳細は不明であった.すなわち生体内で利用され

り,セレンが分子中に含まれれば,この同位体比が

たセレンは,最終的にはほとんど尿中へと排泄さ

マススペクトラムに出現する.実際に,m/z 300 を

れ,尿中にはトリメチルセレノニウムイオン

中心に(80Se として)セレンの同位体のパターンが

(trimethylselenonium ion; TMSe)が検出されるこ

観察された.その他の実験から得られた情報も勘案

2-1.

尿中セレン代謝物の同定

78Se

23.8%,

80Se

49.6%,

82Se

8.73%を有してお

多くの動物では,TMSe は主

して,尿中の未知のセレン代謝物の分子量は 299 で

にセレンを過剰に摂取したときに見い出される尿中

あることが予想できた.次に LC-ESI-MS-MS 分析

代謝物であって,生理条件下で見い出されるセレン

を実施し,検出されたフラグメントイオンから構造

の尿中代謝物は別の化学形態であることが示唆され

を組み立て,標準物質である N-アセチルグルコサ

24) とが知られていた.

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Fig. 3.

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LC-ESI Mass Spectra of Unknown Urinary Metabolite of Se

(a) An electrospray positive mass spectrum of the partially puriˆed urine sample, (b) an enlarged spectrum containing the Se-characteristic isotope pattern of the sample, collision-induced dissociation mass spectra of each Se-containing molecular ion at m/z 298 (c), 300 (d) and 302 (e), a proposed structure of the unknown urinary metabolite of Se (f).

ミンあるいは N-アセチルガラクトサミンとフラグ

化合物の化学合成を行い,最終的に生理的条件下で

メントイオンの信号強度を比較した結果,尿中セレ

尿中に排泄されるセレン化合物が Fig. 3 ( f )に示し

ン代謝物を Se- メチルセレノ -N- アセチルガラクト

た Se- メチルセレノ -N- アセチルガラクトサミンで

サミンと推定し,このような構造を持つセレン化合

あると最終的に決定した.27) セレンは生理条件下で

物をセレノ糖と名付けた[Figs. 3(c)(e)].14) この

は,TMSe に優先してセレノ糖として尿中に排泄さ

ような構造解析においては,78 Se, 80Se 及び82 Se を

れるが,同様の構造を有した硫黄置換体は報告され

含 む そ れ ぞ れ m / z 298, 300 及 び 302 の プ リ カ ー

ていないため,糖による抱合体の尿中排泄はセレン

サーイオンからプロダクトイオンのフラグメント解

に特異的な排泄経路であると考えられる.糖の部分

析を行うことにより,セレンを含むフラグメントと

については, N- アセチルグルコサミンを含むセレ

含まないフラグメントの識別が容易になり,構造推

ノ糖を検出したという報告もあるが,圧倒的に N-

定に役立つ.しかし,極めて微量の尿中セレン代謝

アセチルガラクトサミンがセレノ糖の生合成には用

物の絶対構造を MS-MS で決定するのは難しい.こ

いられる.28,29) またセレノ糖は,哺乳類のみなら

のあと,筆者は NMR による絶対構造の決定と候補

ず,魚類,爬虫類,鳥類でもセレン代謝物として検

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Fig. 4.

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Identiˆcation of Unknown Se Metabolite in Marine Animals

Elution proˆle of Se in the liver supernatants of hawksbill turtle (a) and snapping turtle (b), LC-ESI-MS spectrum of the unknown Se metabolite (c), a proposed structure of the unknown Se metabolite in marine animals (d).

出できる.19) なぜセレノ糖の生合成に,ほぼ特異的

で前項と同様に LC-ESI-MS-MS による同定を試み

と言ってもよいほど N-アセチルガラクトサミンが

た.その結果, Fig. 4 ( c )に示すようにマススペク

利用されるのか,今のところ明快な解答は得られて

トラムからセレンを分子内に一原子含むと想定され

いない.今後,どのような分子基盤に基づいてセレ

る m / z 278 とその二量体と想定される m / z 553 が

ノ糖が生合成されるのかを明らかにする必要がある.

検出された.さらに MS-MS 分析を進め,そのフラ

海棲生物肝臓中のセレン代謝物の同定

グメントパターンを解析したところ, Fig. 4 ( d )に

筆者の研究室では,ある種の海棲生物中の肝臓の

示したようなセレノネインと命名された化合物であ

可溶性画分中には,実験動物などの捕乳類の肝臓に

ることが明らかとなった.19) セレノネインは Se-Se

は検出されないセレン代謝物が存在することを見い

結合を形成できるので,二量体に相当する m / z が

出していた.海棲爬虫類であるタイマイ[ Fig. 4

検出されたこともこの構造を支持している.セレノ

( a )]の肝臓中には既知のセレン代謝物とは LC-

ネインは Yamashita & Yamashita により,マグロ

ICP-MS によるクロマトグラム上の挙動が異なる,

の赤 血球 中 から 初 めて 同定 さ れた 化合 物 であ る

すなわち未知のセレン代謝物が存在するが,陸棲爬

30) 魚類に限らず海棲生物にセレノネインは広く が,

虫類であるカミツキガメ[ Fig. 4 ( b )]には,哺乳

存在していることが明らかとなった.食物連鎖の上

類の肝臓や尿中で見い出されるセレノ糖が存在し

位にいる生物ほどセレノネインの肝臓中濃度が高い

た.これらのことから,この代謝物は海棲生物に特

こと,海綿や海藻中でもセレノネインが見い出され

異的なセレン代謝物ではないかと想定された.そこ

ることから,セレノネインは食物連鎖に従って肝臓

2-2.

312

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中に濃縮されるのではないかと考えることはでき

出速度は数 mL / min である.これに対して, ICP-

る.しかしセレノネインは,その構造からも高い反

MS の試料導入量は上述の通り 0.5 1.5 mL / min 程

応性が想定され,単に濃縮しているのではなく,な

度であるが,ICP-MS では実際にイオン化源である

んらかの生理作用が期待される.実際これまでに,

アルゴンプラズマに到達する試料量は,0.5 1.5 mL/

セレノネインの抗酸化作用が指摘されている.セレ

min のうち 1%程度であるとされている.したがっ

ノネインがなぜ海棲生物体内で主要なセレン化合物

て,キャピラリー HPLC であっても溶離液をほぼ

として存在しているのかは,依然として不明であ

100 %の効率で ICP-MS のプラズマに導入できれ

り,今後の研究の進展が期待される.

ば,感度を落とすことなく分析することが可能あ

上述の例以外にも,自然界には明らかとなってい

る.そこで,試料導入効率が 1%程度である通常の

ないセレン代謝物がまだ数多く残されているようで

ネブライザーに対して,ほぼ 100%の試料導入効率

あり,セレンの代謝過程の全容解明には,更なる研

を達成可能なネブライザーがナノスペシエーション

究の進展が望まれる.筆者らも ICP-MS では検出

では必要になる.さらにネブライザーとともに導入

できていても,ESI-MS-MS により同定できずにい

系を構成しているスプレーチャンバーについても導

るセレン代謝物を,現在いくつか抱えている.思い

入効率を上げるため改良したものが必要である.筆

も寄らないセレン代謝物の構造にたどり着くことを

者らの研究室では,キャピラリー電気泳動用に開発

期待して,研究を継続している.

されたネブライザーをキャピラリー HPLC 用に流

3. 3-1.

微量試料のスペシエーション 装置構成

通常の ICP-MS を利用したス

用し,試料導入効率を維持するためのスプレーチャ ンバーを独自に開発し,利用している.

ペシエーションでは,ICP-MS への試料導入速度が

当初キャピラリー HPLC カラムはほとんどが逆

HPLC の溶出速度とほぼ同一であること, HPLC

相系のカラムであったが,タンパク質などの生体高

の溶離液を簡単な接続方法で ICP-MS へ導入でき

分子を未変性状態で,なおかつ結合している金属の

ること等の理由から,通常の分析サイズ(内径 4.0

脱離を抑制しつつ分離するためには,ゲルろ過(サ

8.0 mm)のカラムを溶出速度 0.51.5 mL/min で用

イズ排除)やイオン交換等の分離モードで利用でき

いることが多い.このことは HPLC に特別なイン

るキャピラリーカラムが必要である.現在はカラム

ターフェースを用いることなく,ICP-MS への接続

メーカーから,逆相系以外のカラムについても通常

が可能であることを意味している.しかし,このサ

サイズのカラムと同一のキャピラリーカラムが販売

イズのカラムを用いた場合,ICP-MS による生体微

されており,利用が可能である.

量元素の検出で十分な感度を得るためには,HPLC

3-2.

遺伝子改変細胞中の金属結合タンパク質の

への試料注入量すなわち試料要求量が 20100 mL で

分析

実際の分析例として,筆者らが報告した遺

あり,このため実験動物から得られる血漿,尿ある

伝子改変を導入した培養細胞内の金属結合タンパク

いは組織抽出液など比較的多量に調製できる試料の

質のスペシエーションを示す.31)

みが対象とされてきた.これに対して,培養細胞か

マウス由来の細胞内では 2 つのアイソフォームで

ら得られる試料など微量な試料を導入する場合,絶

構成されるメタロチオネインという金属結合タンパ

対的な試料注入量を下げ,溶出速度を低減させる必

ク質が存在しており,亜鉛の曝露により誘導合成さ

要がある.このことを可能にするためには,

れる.メタロチオネインの 2 つのアイソフォームの

hyphenated technique を 構 成 す る 分 離 部 で あ る

うち,片方のみを RNA 干渉法により mRNA の発

HPLC の微量化が必要となる.通常のスペシエー

現を抑制(ノックダウン)し,残存した mRNA に

ションがマイクロリットルレベルの試料を要求する

より翻訳される他のアイソフォームをスペシエーシ

のに対し,ナノリットルレベルの試料要求量に対応

ョンで分析した.

する分離分析系が求められる.

マウス肝臓がん細胞 Hepa1-6 にメタロチオネイ

一般には,内径 0.20.8 mm 程度の HPLC カラム

ンの 2 つのアイソフォームである MT-I と MT-II

をキャピラリー HPLC カラムとよんでおり,キャ

それぞれに特異的な siRNA を導入した.siRNA の

ピラリー HPLC の試料注入量は 100200 nL で,溶

導入 1 時間後に 113Cd を 96.3%まで濃縮した酢酸カ

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ルろ過カラムは Shodex Protein KW802.5-M8E(0.8 mm i.d.×250 mm)を用いており,注入した細胞質

画分のうち,カドミウムを含む成分が溶出している 時間のみ二次元目のカラムに導入した.二次元目の 陰イオン交換カラムには Shodex

DEAE9A-M8B

(0.8 mm i.d.×50 mm)を用い,グラジエント溶出 により,MT のアイソフォームの分離を行った.こ のとき用いた細胞は 6 穴プレートに播種し,それか ら抽出した可溶性画分を 2D capillary LC-ICP-MS に 100 nL 注入した. 測定結果を Figs. 5(b)(d)に示した.通常サイズ の HPLC カラムを用いた場合と同様に,キャピラ リー HPLC カラムを用いても, MT の 2 つのアイ ソフォームの分離は可能であった.また LC-ICPFig. 5. Speciation of Cd-binding Metallothionein in Isoformspeciˆc Targeted Cells EŠect of RNAi-mediated isoform speciˆc knockdown on the mRNA expression of MT-I and MT-II (a), elution proˆle of Cd in the cytosolic fraction of Hepa1-6 cells treated with control (b), MT-I- (c) or MT-II-speciˆc (d) siRNA, and [113Cd]-Cd(CH3COO)2.

MS により MT の発現量を金属結合量として検出す

ると, mRNA を定量するよりもはるかに定量的な データを得ることができる.また,一方のアイソ フォームの発現を抑制すると,他方のアイソフォー ムの発現量が代償的に増加する様子も,単に発現量

ドミウム 1.0 mM を曝露し, siRNA 導入 24 時間後

を mRNA のみで検出するよりも,定量的なデータ

に細胞を回収した.ここで[113Cd]-Cd(CH3COO)2

として得ることができる.これらの結果は,スペシ

を曝露したのは,MT は亜鉛同様にカドミウムでも

エーションと分子生物学的手法とを融合させた研究

誘導されるが,カドミウムは亜鉛よりも 100 倍ほど

手法が可能となることを示しており,32,33) メタロミ

安 定 に MT に 結 合 す る こ と , MT の 結 合 金 属 を

クス研究において大きな萌芽性と波及効果を示して

113Cd

に置き換えることが可能であること,カドミ

いると考えられる.

ウム の安 定 同位 体の う ち最 も存 在 比が 多い の は

4.

114Cd ( 28.8 % ) で あ る が , 濃 縮 し た 安 定 同 位 体

本稿では,ESI-MS-MS やキャピラリー HPLC と

おわりに

によ

いった一般的な分析法を,いかにメタロミクス研究

り感度よく測定できることなどの理由による.回収

に効果的に応用し,従来の方法では得られないユ

した細胞中の MT-I 及び MT-II の mRNA 量を RT-

ニークな成果を挙げるかについて,筆者がこれまで

PCR 法で測定した結果を Fig. 5(a)に示した.この

利用してきた方法とその応用例を示した.そもそも

図から,それぞれのアイソフォームに特異的な siR-

ICP-MS でさえも,生体試料を分析したり,HPLC

NA によって,ターゲットとされたアイソフォーム

の検出器として利用されたりすることを想定されて

が選択的に発現抑制されているのがわかる.

開発された機器ではない.自分の測りたい試料を測

113Cd(96.3%)を用いることにより,ICP-MS

MT のアイソフォームの定義は,陰イオンクロマ

れるように分析法を工夫し,機器を改良していくこ

トグラフィーで分離した際に,先に溶出する方を

とに分析の面白さを感じつつ,環境毒性学における

MT-I,後に溶出する方を MT-II と定義している.

メタロミクス研究の新たな知見の集積を今後も目指

そこで, siRNA により MT 遺伝子の発現を抑制し

していきたい.

た上述の細胞から,細胞質成分を抽出し,ゲルろ過 と陰イオン交換カラムを組み合わせたキャピラリー 二次元 HPLC を構築し, ICP-MS を検出器とする

謝辞

本稿で紹介した研究成果は,筆者が千葉

大学大学院薬学研究院衛生化学研究室(故 鈴木和

を結合した

夫教授主宰)に在籍していたときから始めた研究で

MT アイソフォームの検出を試みた.一次元目のゲ

あり,千葉大学大学院医学薬学府・薬学部及び昭和

2D capillary LC-ICP-MS

により,113 Cd

314

YAKUGAKU ZASSHI

薬科大学薬学部に在籍した多くの大学院生・学生及 びスタッフとの共同研究である.これまでの論文発

15)

表にあたり,共著者としてご協力をいただいたすべ ての方に深く感謝申し上げたい. 利益相反

開示すべき利益相反はない.

16)

17)

REFERENCES 1) 2)

3)

4)

5) 6)

7) 8) 9) 10)

11)

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Vol. 135 No. 2 (2015)

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[Development of metallomics research on environmental toxicology].

Metallomics is newly coined terms and defined as a comprehensive analysis of the entirety of metal and metalloid species within a cell or tissue type...
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